『大日本史料』 6編 21 延文元年12月~延文3年8月 p.826

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やすく法位は, 期いた〓はおしみ申へきにあらすといへとも、いまた悟道得法にあたは, 著の雲をはらひのけさせ給て、佛道をしやうとさせ給へし、こ乃たひ死の, たこれをしやうさす、この事はりをおもふに、身は地水火をあつめて、大小, さるうへ、とめては、此道にすこしの心やすた所候はゝ、わさとも、かゝる愛, 又大乘の宗きゝかたし、信かたし、こゝに直示の宗を行すといへとも、いま, 以前義兵をあけむとて、北國を經て、阿波へおもむきし時、甲斐の國の惠林, 覺の月くもれるか〓し、佛神告い〓なりといへとも、内外一なり、此愛執執, の不淨をつゝめり、心は生々世々になれきつる愛念執著につなかれて、本, ともに勸め申されしに依て、君臣萬年の榮花をひらき給ふ、目出度有難き, 別離苦のさかひをすてゝ、いのちおしとも存せす候へとも、人身うしなひ, 寺にをいて、國師と相看し奉り、則受衣し、其後兩將の引導申されけり、眞俗, 〔梅松論〕下抑夢〓國師を兩將御信仰有ける初は、細川陸奧守顯氏、元弘, 事共也、, 〔夢〓國師語録〕精頌仁山將軍, 南朝正平十三年北朝延文三年四月三十日, 仁山將軍, ○以下, 闕ク、, 仁山ノ法, ニ參ス, 疎石ヨリ, 尊氏疎石, 號ヲ受ク, 南朝正平十三年北朝延文三年四月三十日, 八二六

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  • ○以下
  • 闕ク、

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  • 仁山ノ法
  • ニ參ス
  • 疎石ヨリ
  • 尊氏疎石
  • 號ヲ受ク

  • 南朝正平十三年北朝延文三年四月三十日

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  • 八二六

注記 (26)

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