『大日本史料』 6編 31 応安2年6月~応安3年2月 p.112

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

〔參考〕, 文候、聊不等閑之儀候、委細御使可被申候、恐々謹言、, 〔征西將軍宮譜〕十正平二十四年己酉應安二年, 此言上状かく斷爛したるうへに、誰かしら物といふ状主の名字も闕た, なと給たりし綸旨なるへし、延元々年十一月の令旨、宮の讚岐より出されし令旨にて、, 阿曾へ賜たりしも同意の令旨にてありしなるへし、少貳か延元以後は、無二の將軍方, れは、修理進入道も少貳か家人なるにはうつなし、されは此状に、頼尚か近頃宮方に參, りて、先帝の御時元弘最初、召命の綸旨とも給はりたるを取認めて、修理入道を、宮の, 阿蘇大宮司殿, 博多の承天寺におはしますに見參に入れたるなり、元弘三年八月十月の綸旨は、恩賞地, 去月廿六日御札、今月二日到來、委細承候了、抑承候間事、不存知事候間、以此旨捧請, れは、誰ならんともしらねとも、少貳か宗徒の家人に、饗庭名字、前にもおほく見へた, 十二月三日, 「阿蘇殿, 南朝正平二十四年北朝應安二年十一月十七日, 十二月三日伯耆守顯興(花押), 伯耆守顯興(花押), ○惟武申状略ス、前, ○コノ一行、後人, ニ掲グルモノニ同ジ、, ○コノ三字、後人, ノ加筆ニカヽル, ノ加筆ニカヽル, 惟武ニ報, 顯興旨ヲ, ズ, 一一二

割注

  • ○惟武申状略ス、前
  • ○コノ一行、後人
  • ニ掲グルモノニ同ジ、
  • ○コノ三字、後人
  • ノ加筆ニカヽル

頭注

  • 惟武ニ報
  • 顯興旨ヲ

ノンブル

  • 一一二

注記 (27)

  • 1121,808,81,187〔參考〕
  • 1580,641,67,1384文候、聊不等閑之儀候、委細御使可被申候、恐々謹言、
  • 1009,620,80,1391〔征西將軍宮譜〕十正平二十四年己酉應安二年
  • 905,1076,66,1788此言上状かく斷爛したるうへに、誰かしら物といふ状主の名字も闕た
  • 335,647,69,2185なと給たりし綸旨なるへし、延元々年十一月の令旨、宮の讚岐より出されし令旨にて、
  • 219,645,72,2219阿曾へ賜たりしも同意の令旨にてありしなるへし、少貳か延元以後は、無二の將軍方
  • 673,638,70,2226れは、修理進入道も少貳か家人なるにはうつなし、されは此状に、頼尚か近頃宮方に參
  • 562,642,69,2218りて、先帝の御時元弘最初、召命の綸旨とも給はりたるを取認めて、修理入道を、宮の
  • 1365,925,59,338阿蘇大宮司殿
  • 448,640,71,2218博多の承天寺におはしますに見參に入れたるなり、元弘三年八月十月の綸旨は、恩賞地
  • 1697,638,70,2219去月廿六日御札、今月二日到來、委細承候了、抑承候間事、不存知事候間、以此旨捧請
  • 788,641,68,2221れは、誰ならんともしらねとも、少貳か宗徒の家人に、饗庭名字、前にもおほく見へた
  • 1468,865,54,275十二月三日
  • 1248,922,63,218「阿蘇殿
  • 1944,744,51,903南朝正平二十四年北朝應安二年十一月十七日
  • 1467,856,66,1595十二月三日伯耆守顯興(花押)
  • 1474,2008,58,446伯耆守顯興(花押)
  • 930,644,45,392○惟武申状略ス、前
  • 1398,1282,46,339○コノ一行、後人
  • 885,651,46,393ニ掲グルモノニ同ジ、
  • 1278,1144,46,333○コノ三字、後人
  • 1353,1291,44,293ノ加筆ニカヽル
  • 1236,1156,42,283ノ加筆ニカヽル
  • 1666,313,45,172惟武ニ報
  • 1713,313,43,164顯興旨ヲ
  • 1629,316,38,34
  • 1954,2391,53,123一一二

類似アイテム