『大日本史料』 4編 11 建暦元年1月~2年11月 p.504

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がへて、鎭西の宣旨を坂東へくだし、坂東の宣旨をは鎭西へくたしたらん, し、淨土門の修行は、末法濁亂の時の教なるがゆへに、下根下智のともがら, 理におれて、人みな信伏しきとぞ仰られける, には、人もちゐてんやとの給に、信寂房しばらく案じて、宣旨にても候へ、と, 上人播磨の信寂房におほせられけるは、こゝに宣旨の二つ侍るをとりた, も、時すぎぬれはいまの機にかなはす、淨土門はあさきに似たれども、當根, なりしかども、機根くらべには源空かちたりき、聖道門はふかしといへと, を器とす、これ奧州の宣旨のことし、しかれは三時相應の宣旨これをとり, は、正像末の三時の教なり、聖道門の修行は、正像の時の教なるがゆへに、上, 人かな、やがてさぞ帝王の宣旨とは、釋迦の遺教なり、宣旨二つありといふ, りかへたらんをは、いかゝもちお侍へきと申けれは、御房は道理をしれる, にかなひやすしといひしとき、末法萬年餘經悉滅、彌〓一教利物偏増の道, たがふまじきなり、大原にして聖道淨土の論談ありしに、法門は牛角の論, 根上智のともからにあらざれば證じがたし、たとへば西國の宣旨のこと, 震旦に淨土の法門をのふる人師おほしといへとも、上人唐宋二代の高僧, 淨土宗ハ, 末法ノ教, 建暦二年正月二十五日, 五〇四

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  • 淨土宗ハ
  • 末法ノ教

  • 建暦二年正月二十五日

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  • 五〇四

注記 (19)

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