『大日本史料』 6編 34 応安4年閏3月~応安4年12月 p.335

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

とて、舟にのりはへりなから、順風なかりける夜の夢に、よはひ八十はかりの翁の、か, せよといひて袖をうちふり給ひけれは、をひ風吹てこなたにわたりぬとおほえけるを、, らの島よりつかひきたり、小舟にて天川といふわたりをして參たりと申しゝかは、こゝ, 夢心地に住吉の大明神よと思ひてさめ侍るに、やかて其曉風よくなりぬとて舟いてゝ、, も猶かう〳〵しく神さひていみしく見えさせたまふなり、此御前より西にあたりて、西, にもかゝるわたりのありけるよと思にも、あはれ星逢のはまのつゝきに此渡のあらまし, みひけしろきか、ゑほしに淨衣きたる一人出來て、左の袖をひろけて、これに乘て舟出, 此歌のこゝろは、今年九月に、豐後の高崎の城より、宗久といふ僧此方にわたり侍らん, ほとに、この歌もその心をかたかけてよめるなり、此舟ともけふも出侍らすとて、ふく, の海のはるかにみわたされたり、松浦への船ともゝみなこのちかき海のへたにふくら島, てたてまつる歌、, といふところにかゝり侍るを、今一しほ此御神の御前にて祈たてまつりて、又一首よみ, 日のうちに周防のくた松といふところにつきぬとかたられし事を、ふと思ひ出て侍りし, 夢のうちにみえけん神の御そきぬの袖のは風はなほそ吹へき, 島ニ著ス, 豐後高崎城, ノ使者宗久, 宗久周防く, 貞世ニ使者, 住吉神ヲ夢, 福浦島ヨリ, だ松ニ著ス, 松浦へノ軍, 船長門福浦, ヲ送ル, ム, 南朝建徳二年北朝應安四年十一月十九日, 三三五

頭注

  • 島ニ著ス
  • 豐後高崎城
  • ノ使者宗久
  • 宗久周防く
  • 貞世ニ使者
  • 住吉神ヲ夢
  • 福浦島ヨリ
  • だ松ニ著ス
  • 松浦へノ軍
  • 船長門福浦
  • ヲ送ル

  • 南朝建徳二年北朝應安四年十一月十九日

ノンブル

  • 三三五

注記 (28)

  • 1112,607,58,2226とて、舟にのりはへりなから、順風なかりける夜の夢に、よはひ八十はかりの翁の、か
  • 880,607,57,2200せよといひて袖をうちふり給ひけれは、をひ風吹てこなたにわたりぬとおほえけるを、
  • 413,602,57,2229らの島よりつかひきたり、小舟にて天川といふわたりをして參たりと申しゝかは、こゝ
  • 761,598,59,2211夢心地に住吉の大明神よと思ひてさめ侍るに、やかて其曉風よくなりぬとて舟いてゝ、
  • 1809,605,58,2231も猶かう〳〵しく神さひていみしく見えさせたまふなり、此御前より西にあたりて、西
  • 295,603,57,2232にもかゝるわたりのありけるよと思にも、あはれ星逢のはまのつゝきに此渡のあらまし
  • 994,604,57,2234みひけしろきか、ゑほしに淨衣きたる一人出來て、左の袖をひろけて、これに乘て舟出
  • 1227,606,60,2231此歌のこゝろは、今年九月に、豐後の高崎の城より、宗久といふ僧此方にわたり侍らん
  • 531,606,57,2229ほとに、この歌もその心をかたかけてよめるなり、此舟ともけふも出侍らすとて、ふく
  • 1694,610,58,2226の海のはるかにみわたされたり、松浦への船ともゝみなこのちかき海のへたにふくら島
  • 1465,606,53,414てたてまつる歌、
  • 1578,612,58,2221といふところにかゝり侍るを、今一しほ此御神の御前にて祈たてまつりて、又一首よみ
  • 646,605,57,2231日のうちに周防のくた松といふところにつきぬとかたられし事を、ふと思ひ出て侍りし
  • 1345,659,56,2007夢のうちにみえけん神の御そきぬの袖のは風はなほそ吹へき
  • 1616,228,40,166島ニ著ス
  • 1245,228,44,217豐後高崎城
  • 1203,233,40,210ノ使者宗久
  • 657,223,42,216宗久周防く
  • 492,222,42,221貞世ニ使者
  • 1157,227,41,218住吉神ヲ夢
  • 539,222,42,215福浦島ヨリ
  • 612,226,41,210だ松ニ著ス
  • 1705,230,41,216松浦へノ軍
  • 1660,230,41,217船長門福浦
  • 448,228,37,120ヲ送ル
  • 1118,231,34,31
  • 199,710,46,827南朝建徳二年北朝應安四年十一月十九日
  • 202,2359,41,122三三五

類似アイテム