『大日本史料』 6編 37 応安6年2月~応安6年6月 p.15

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嫡子高秀二告ゲ、後事ヲ托ス、, 先日申談候て、所領とものなかに、甲良の尼子郷程に心やき事あるへからす候とて、み, たけれとも、宇都宮も小代も、此筑後合戰等にて討死したらんとおもふ也、宇都宮經景, 沙彌、宇都宮河内守法師殿とあるをおもへは、小代の兄弟か討死したるも、山崎合戰の, て、筑後にも度々軍勢をさし向、所々の宮方を攻たりしかは、いつくとは定めていひか, 時にてはなかりしにや、前にも見へたることく、應安五年には了俊豐前より筑前へ打出, ありしことなれは、討死したることは五年よりも猶後のことにてありつらんともいふへ, か官途を、應安四年の了俊か状には、大膳亮と見へて、討死せし折は、河内守に受領して, つきめのうらをふうし候なり、, に、親父筑後國山崎合戰之時討死之上者、其一跡相續事、不可有相違也、仍執達如件、, 二十七日、, けれとも、今川仲秋か事をも、四年の状には中務少輔と見へ、五年の状には右衞門佐と, 〔佐々木文書〕, 見へたれは、經景も仲秋なとゝ一同に河内守に轉任したるもしるへからさるをや、略, 佐々木高氏、近江甲良莊尼子郷ヲみまニ讓ルコトヲ、, 南朝文中二年北朝應安六年二月二十七日, ○國立國會, 圖書館所藏, 亥、, 己, 略, 讓状及ビ添, 高秀ノ許ニ, 状ヲ佐々木, 送ル, 南朝文中二年北朝應安六年二月二十七日, 一五

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  • ○國立國會
  • 圖書館所藏
  • 亥、

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  • 讓状及ビ添
  • 高秀ノ許ニ
  • 状ヲ佐々木
  • 送ル

  • 南朝文中二年北朝應安六年二月二十七日

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  • 一五

注記 (27)

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