『大日本史料』 6編 44 永和元年6月~永和元年11月 p.142

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

々、於身祝著のよし返答して、當日罷向き、, を立侍る、影は東へ向たる也、, 西へ二間、以上八つほの所也、その北のつゝきの間、又二間ありて、すゑさまの人, 一和歌所の樣は、彼卿亨のの東向を和歌所に用侍、公卿の座の次也、南北へ四間、東, なる硯筆臺を居、文書置侍るたなは、西の障子のそへ東へむかひ侍り、大かた彼宿, 書加て六人の影をあたらしく書侍て懸之、此影かけ侍る次のより北へとをして三階, しめて依招引まかりむかひ侍き、其時彼卿の状にいはく、和歌所會始、凡は寄人の, 々はここに侍りし、南寄の一の間の西の障子のそへに、四代の影をかけて、前に机, ほかは先規邂〓に候へとも、定御本意候歟之上、不可遐餘人か事之間、可有來臨云, ひて書之、, のたなをつゝけて、和歌の文書箱共をならへをく、このたなのうへのなけしにくき, 一には鳥のしるをかけて、そのしるしにしるのみを、飯のうへにすこしをき侍り、, をうちて、撰歌の紙袋をならへてかけ侍、又南のよこ座に長机一脚をのゝきて、大, 其時饗膳の、本膳の外二度入と申かはらけ二に飯を入て、一には精進のしるをかけ、, 影はちいさく書て、二人つゝむか, かやうに對して侍り、近來爲遠卿代に又爲世・爲定等卿二人を, 南朝天授元年北朝永和元年八月是月, 卿此四代也、皆直衣也, 俊成・定家・爲家・爲氏, 定家爲氏, 俊成爲家, 和歌所ノ樣, 一四二

割注

  • 卿此四代也、皆直衣也
  • 俊成・定家・爲家・爲氏
  • 定家爲氏
  • 俊成爲家

頭注

  • 和歌所ノ樣

ノンブル

  • 一四二

注記 (23)

  • 1577,714,63,1114々、於身祝著のよし返答して、當日罷向き、
  • 833,710,58,763を立侍る、影は東へ向たる也、
  • 1082,708,69,2151西へ二間、以上八つほの所也、その北のつゝきの間、又二間ありて、すゑさまの人
  • 1205,669,73,2190一和歌所の樣は、彼卿亨のの東向を和歌所に用侍、公卿の座の次也、南北へ四間、東
  • 215,713,75,2154なる硯筆臺を居、文書置侍るたなは、西の障子のそへ東へむかひ侍り、大かた彼宿
  • 586,706,69,2154書加て六人の影をあたらしく書侍て懸之、此影かけ侍る次のより北へとをして三階
  • 1827,702,67,2140しめて依招引まかりむかひ侍き、其時彼卿の状にいはく、和歌所會始、凡は寄人の
  • 960,718,69,2139々はここに侍りし、南寄の一の間の西の障子のそへに、四代の影をかけて、前に机
  • 1702,702,70,2147ほかは先規邂〓に候へとも、定御本意候歟之上、不可遐餘人か事之間、可有來臨云
  • 710,716,58,241ひて書之、
  • 463,721,65,2141のたなをつゝけて、和歌の文書箱共をならへをく、このたなのうへのなけしにくき
  • 1331,720,70,2097一には鳥のしるをかけて、そのしるしにしるのみを、飯のうへにすこしをき侍り、
  • 342,721,69,2143をうちて、撰歌の紙袋をならへてかけ侍、又南のよこ座に長机一脚をのゝきて、大
  • 1453,672,70,2198其時饗膳の、本膳の外二度入と申かはらけ二に飯を入て、一には精進のしるをかけ、
  • 843,1996,60,856影はちいさく書て、二人つゝむか
  • 713,1242,66,1618かやうに對して侍り、近來爲遠卿代に又爲世・爲定等卿二人を
  • 1949,730,45,720南朝天授元年北朝永和元年八月是月
  • 824,1495,43,425卿此四代也、皆直衣也
  • 867,1490,42,469俊成・定家・爲家・爲氏
  • 696,1012,41,185定家爲氏
  • 739,1010,42,191俊成爲家
  • 1209,252,41,210和歌所ノ樣
  • 1961,2449,44,109一四二

類似アイテム