『大日本史料』 7編 6 応永10年正月~同11年12月 p.143

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應安六年十一月廿六日源頼繼(花押), 右件畠は頼繼ちうたいのしよりやうたるとゆへとも、心さしあるに仍、に, て、頼繼ケあとをたんふんてももつへからす候物也、爲仍後日きしん状如, 也、もし頼繼ケしそんとしてわつらい申ともから候はゝ、ふけふの人とし, 合壹段者、, しんのいはいてんに、たんき所帳ゑいたいをかきりて、きしん申處しつ正, 右件地は、爲義宗重代相傳名田之間、立政寺奉寄進實正也、若爲義宗子孫煩, 合壹反者、つほはうさのまつのきまへにこれあり、, きしん申いちはしのしやうの内國吉名畠の事, 件、, 奉寄進畠之事, 「丙辰年永和二、河原畠一段、義宗」, 「應安六、ウサノ松木前畠三段源頼繼」, 在所瓦之六反畠, 内西東町之内也、, (端裏書), 源頼繼, 談義所帳, 應永十年五月一日, 一四三

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  • 在所瓦之六反畠
  • 内西東町之内也、
  • (端裏書)

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  • 源頼繼
  • 談義所帳

  • 應永十年五月一日

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  • 一四三

注記 (20)

  • 821,930,61,1427應安六年十一月廿六日源頼繼(花押)
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