『大日本史料』 7編 7 応永12年正月~同13年5月 p.412

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とありしかは、聖の云、, 儀を以て、極樂へ往生し、壽はかりなき佛となり候也、かく心得ぬれは、有, かたき信心もをのつから出來り候也、十惡五逆の罪を滅す念佛なれは、, 殘おしみ、安心を書しるし殘し置給はゝ、再會まての知識にいたし候はん, 八, かたくて、しはらく年月をそ送られける、延文二年の夏、衆生化度のため、修, は、日數を送る内に、參詣の人々あまたになり、念佛往生の法談をのへられ, 境内廣く、あるしもなく、下僧一兩人ありし所に宿をかり、六時の不斷の念, 行に出立へきとて、弟子の定阿彌陀佛を此寺の住持にせられける、諸人名, により、たやすく往生極樂いたし候とて、此寺の住持に成しけれは、もたし, 佛を申、晝は里に出て、踊躍念佛を申て結縁をせられける、住持なき寺なれ, 文和二年、同國村岡といふ所にいたり給ひぬ、此所に淨福寺とて禪寺あり、, けれは、歸依の旦那あまたに成侍り、凡俗の人々禪法修行成かたきに、御勸, まよひの衆生の信不信にはより候はす、口に任て唱れは、聲に應て來迎, し、行者を護念し給也、穴賢、南無阿彌陀佛、, 應永十二年九月十一日, 但馬淨福, 寺ニ住ス, 應永十二年九月十一日, 四一二

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  • 但馬淨福
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  • 應永十二年九月十一日

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