Loading…
要素
頭注ノンブル
OCR テキスト
に十餘町、一夜に出生の松林あり、此森の東の方に金色の光立岡あるへし、, 御宇に、百濟國より扶桑の朝に渡し奉り、推古天皇の聖代に、難波の浦より、, ひの空のとかに成しかは、伊勢參宮の人々國阿上人へ參、十念をうけ、大神, 宮より御ゆるしの御札をいたゝき奉らむとて、日々夜々上下萬民あつま, 一の精舍を造てあらましかは、利盆無量ならんと不思議の告を蒙り、此地, りて、現世後世の大導師也とて、尊崇し奉りける、此寺に嗣法の弟子其阿彌, 夜六時の行法を修せられける、滿散の曉、靈夢の告あり、當社より西のかた, 主の尊體也、佛法信心の機に隨ては、引接西方の雲を出し給ふ、欽明天皇の, 造立して、此寺を岡見山來迎寺と號し給ひける、當所は北國第一の湊、千船, に行て見給ふに、示現にたかはす、まのあたり金色の光輝けれは、則草舍を, 陀佛を住持に定給ひける、, のよりくる所なれは、富祐の人々恭敬供養をそ奉りける、春の雪とけ、やよ, 嘉慶二年の春、信濃國善光寺へ赴き給ふ、此如來は、三國流傳の金容、九品教, 信濃國巨勢大夫本田善光の寺に移し奉り、私宅に安置し、以て伽藍を建立, 三十五, 創ム, 來迎寺ヲ, 寺ニ參詣, 信濃善光, 應永十二年九月十一日, 四四二
頭注
- 創ム
- 來迎寺ヲ
- 寺ニ參詣
- 信濃善光
柱
- 應永十二年九月十一日
ノンブル
- 四四二
注記 (21)
- 1769,741,79,2189に十餘町、一夜に出生の松林あり、此森の東の方に金色の光立岡あるへし、
- 394,707,85,2193御宇に、百濟國より扶桑の朝に渡し奉り、推古天皇の聖代に、難波の浦より、
- 1194,724,83,2186ひの空のとかに成しかは、伊勢參宮の人々國阿上人へ參、十念をうけ、大神
- 1084,721,80,2184宮より御ゆるしの御札をいたゝき奉らむとて、日々夜々上下萬民あつま
- 1651,748,81,2165一の精舍を造てあらましかは、利盆無量ならんと不思議の告を蒙り、此地
- 965,726,84,2179りて、現世後世の大導師也とて、尊崇し奉りける、此寺に嗣法の弟子其阿彌
- 1884,735,81,2181夜六時の行法を修せられける、滿散の曉、靈夢の告あり、當社より西のかた
- 504,713,86,2175主の尊體也、佛法信心の機に隨ては、引接西方の雲を出し給ふ、欽明天皇の
- 1419,730,86,2186造立して、此寺を岡見山來迎寺と號し給ひける、當所は北國第一の湊、千船
- 1536,732,82,2180に行て見給ふに、示現にたかはす、まのあたり金色の光輝けれは、則草舍を
- 874,718,63,778陀佛を住持に定給ひける、
- 1314,730,76,2180のよりくる所なれは、富祐の人々恭敬供養をそ奉りける、春の雪とけ、やよ
- 620,713,88,2181嘉慶二年の春、信濃國善光寺へ赴き給ふ、此如來は、三國流傳の金容、九品教
- 271,707,92,2180信濃國巨勢大夫本田善光の寺に移し奉り、私宅に安置し、以て伽藍を建立
- 761,861,60,186三十五
- 1435,377,40,76創ム
- 1479,376,40,164來迎寺ヲ
- 647,366,39,167寺ニ參詣
- 691,367,40,168信濃善光
- 2020,809,46,429應永十二年九月十一日
- 1999,2520,44,122四四二







