『大日本史料』 7編 8 応永13年6月~同14年7月 p.810

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權中納言從二位同兼宣、, りけるとそうけ給はりし、, やらん、いんふく門院ゐんかうの時、後白河院御手つからあそはされし、さ, 殿上人もおなしくまいりて、悦申のれつはいあるとそ聞えし、此院司の折, 山院、年官年爵如元、以左少辨藤原朝臣定光、左兵衞權佐藤原朝臣資方爲判, やうの例にもなすらふへきにや、判官代なとは例のことく陣にて宣下あ, 紙も、わさと勅筆を染らる、いとかたしけなきことにこそ、文治にてありし, も宣下すれは、官外記宣旨をなして、女院の御所へもちて參る、院司の公卿、, 位次四人著仗座、職事藏人右少辨家俊進奧座仰之、其詞以母儀准后可奉授, 權大納言正二位藤重光、, 院號、可奉號何院哉、可定申云々、各擧申門號、歸出仰云、以母儀准后可奉號北, 官代、以散位安倍資行爲主典代、御封本封之外奉加五百戸云々、次各退出、, 參議正二位菅秀長三月五日辭參木、, 〔院號定部類, 三月五日兼左衞門督、, 〔公卿補任, 三月五日兼左兵衞督、補別當、, 同十四年三月五日、院號定、上卿花山院大納言忠定卿、, 不知, 三十, 八、, 四十, 三十, 略, 二、, 記, ○下, 七, 封ノ外五, 百戸ヲ加, 封戸ハ本, 應永十四年三月五日, 八一〇

割注

  • 不知
  • 三十
  • 八、
  • 四十
  • 二、
  • ○下

頭注

  • 封ノ外五
  • 百戸ヲ加
  • 封戸ハ本

  • 應永十四年三月五日

ノンブル

  • 八一〇

注記 (33)

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