『大日本史料』 11編 3 天正10年12月 p.478

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向のとき、舊家の廢れん事をあはきひ、國朝をして家をにかしめ、義氏か, 彼城にをいて卒す、年四十二、長山善公香雲院と號す、, て、鎌倉の葛西谷に移り住す、三年二月、從四位下に昇り、右兵衞佐にあら, 政に頼み、義氏か女を立て主とし、古河城に住す、十八年、豐臣太閤關東下, 國朝天正十年、義氏卒して嗣なきにらり、家臣等相議し、北條左京大夫氏, たむ、永祿元年四月、古河城に還住す、天正十年十二月二十一日, 院義輝なり諱字をたみはり、義氏となのり、北條左京大夫氏康を輔佐し, 義氏母は氏綱か女、弘治二年十月、封を襲、從五位下左馬頭に敍任し、光源, 女をもつて、其室に定めらる, 母は某氏、, 女子母は某氏、國朝に配し、國朝卒してのち、頼氏か室となる、, 今の呈譜, 二十六日、, ○下略、國朝、秀吉ヨリ領地ヲ與へラルいコ, ニカヽル、十八年七月十三日ノ條ニ收ム、, 早世、梅千, 代王丸、, 梅千代王丸、左馬頭、右兵, 乙若丸、左兵衞督、今の呈譜に右, 某, 天正十一年正月二十一日, 兵衞督に作る、實は頼純か長男、, 衞佐、從五位下、從四位下, 四七八

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  • 今の呈譜
  • 二十六日、
  • ○下略、國朝、秀吉ヨリ領地ヲ與へラルいコ
  • ニカヽル、十八年七月十三日ノ條ニ收ム、
  • 早世、梅千
  • 代王丸、
  • 梅千代王丸、左馬頭、右兵
  • 乙若丸、左兵衞督、今の呈譜に右
  • 天正十一年正月二十一日
  • 兵衞督に作る、實は頼純か長男、
  • 衞佐、從五位下、從四位下

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  • 四七八

注記 (24)

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