『大日本史料』 10編 23 天正2年6月~7月 p.21

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初氏義、與八郎、彈正忠、, 北條氏政によりて鎌倉にかくれをるの所、東照宮きこしめされ右府につけさ, まはむかため、御出馬あり、また援を織田右府に求めたまふにより、右府も, 頼とはかりて、後詰を濱松にこひたてまつりしかは、東照宮これを救はせた, し、急にせむといへとも城落す、よりて勝頼味方に屬せは加恩すへきのむね, をいひ贈る、氏助これに同心し志を變して降參す、勝頼すなはち駿河國富士, 加勢としてすてに吉田まて出陣す、勝頼援兵のいたるを聞、諸軍をはけま, 郡鸚鵡栖にをいて、一萬貫の地をあたふ、武田家沒落のゝち小田原に遁れ、, 母は義株か女、, 氏助, 天正二年五月、武田勝頼、居城をせむること甚急なるにより、叔父右京進義, 味方に屬す、, 天正二年、高天神の城主與八郎氏助、別心ありて武田家に降るのとき、氏, 朝は志を變せす、同族のものとゝもに速に濱松にはせまいり、東照宮の御, 氏清, 政恆か呈譜、彈, 正少弼に作る, 天正二年六月十七日, 二

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  • 政恆か呈譜、彈
  • 正少弼に作る

  • 天正二年六月十七日

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注記 (19)

  • 1279,885,57,626初氏義、與八郎、彈正忠、
  • 399,889,60,1882北條氏政によりて鎌倉にかくれをるの所、東照宮きこしめされ右府につけさ
  • 952,889,59,1881まはむかため、御出馬あり、また援を織田右府に求めたまふにより、右府も
  • 1060,886,58,1883頼とはかりて、後詰を濱松にこひたてまつりしかは、東照宮これを救はせた
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  • 623,886,56,1888をいひ贈る、氏助これに同心し志を變して降參す、勝頼すなはち駿河國富士
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