『大日本史料』 7編 9 応永14年7月~同15年4月 p.948

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ント思ヒ玉フカ故也、, 幸を申請させ玉ふ、, より仰下さると云々、則上使斯波治部大輔義重をもつて、彼寺へ仰あり, 〔塵塚物語〕一千本釋迦念佛由來事, 一昔應永年中、鹿苑相國よしみつ公、北山の別業におはしまし、後小松院行, 即別業におゐて御止待廿餘日、此けい, は小枝を切てさし上へし、名木の大枝無情非可折取と云々、扨御下行米, 洛中群をなして喧しかりけるあひた、停止すへきのよし、將軍家義滿公, 一北山行幸の比は、應永十五年春となり、則釋迦念佛恒例の法事にあたり、, 大枝を手折て進上す、その時將軍家大きに御立ふくまし〳〵、かさねて, 嗣、催行幸、關白ノ上座ニ直シ、其威名重クシテ、畢竟ハ義嗣ヲ以テ將軍ニセ, て云、此てらのさくら名木のよし上聞に達す、一枝を捧へし、因之彼住僧, 時分をまちて行ふと云々、, ゑいによりて、二月中旬の念佛しはらく延引ありて、三月にわたり、花の, を下されてより、當世まて退轉なきは、右之謂なり、, 〔元亨予釋書〕, 釋圓行、杲隣法師之徒也、入唐、從青龍寺義眞、受兩部密, 此事北山行幸, 記にあり云々, 此事左に, みえたり、, ○下, ○中, 略, 十六, 力遊九, 略, 恩寺ノ學, 迦念佛ヲ, 行幸ニ依, リテ大報, 延引ス, 〓巖寺, 應永十五年三月八日, 九四八

割注

  • 此事北山行幸
  • 記にあり云々
  • 此事左に
  • みえたり、
  • ○下
  • ○中
  • 十六
  • 力遊九

頭注

  • 恩寺ノ學
  • 迦念佛ヲ
  • 行幸ニ依
  • リテ大報
  • 延引ス
  • 〓巖寺

  • 應永十五年三月八日

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  • 九四八

注記 (35)

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