『大日本史料』 6編 44 永和元年6月~永和元年11月 p.333

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けれとも、たゝ器かしはの葉はかりをあみつらねて、御膳の器にそなへたり、神代の, つらせ給て、神供をそなへ給ふとそうけ給はる、執柄の家なとの外は、しる人もなき, まなり、悠紀の大嘗宮の鳥居を入せ給て、内へ入給ふ、大臣は退て幄の屋にさふらふ、, にや、夕膳は亥時にて侍へけれとも、やう〳〵夜あけかたになりぬ、近代はかやうに, まつらせ給ふ神膳なれは、いかほとも結構せられて、金銀の器なとにてこそまいるへ, 〓次第は人のしらす、見ぬ事なれはしるし申にをよはす、天神地祇を天子のてつからま, さま〳〵の事あれとも、さのみはしるし侍らす、まつ悠紀の神膳まいる、倍膳の采女, そ侍る、神膳はてゝ又〓立殿にかへらせ給ふ、又御ゆかけあり、そのゝち主基の神殿, へなりて、又御膳をそなへ給ふ、さきのことし、抑天子の代の始に大神宮以下にたて, より外には、神殿の中へ入人もなし、ト部一人七節の竹の枝をもちて仕候す、神膳の, し、忌部・中臣・猿女なといふやうの者ともあゆみつらなる、いとめつらかなる御さ, かもんれうあゆませ給ふにしたかひて、これをしく、前行左大臣さきにあゆふ、關白, 輕服によりて參せられす、中山中將親雅朝臣御劍をとる、主上の御前にすかゝさをさ, 裝束めして、やかて出御あり、〓立殿より悠紀の神殿まて、莚道ふたむなとをしきて、, 神膳, 主基殿行幸, 悠紀殿行幸, 南朝天授元年北朝永和元年十一月二十三日, 三三三

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  • 神膳
  • 主基殿行幸
  • 悠紀殿行幸

  • 南朝天授元年北朝永和元年十一月二十三日

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  • 三三三

注記 (19)

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