『大日本史料』 7編 22 応永22年正月~同年8月 p.262

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〔鎌倉管領九代記〕, 小路の諸人は、すはや大事出來して、鎌倉中只今軍有へしと云沙汰し、男女ちまたにさ, その根元はしる人なし、魔障の所爲なりと心つきて、夜に入て後やう〳〵にしつまりぬ、, つゝ、谷七郷の間物音も聞えわかす、日すてに暮かたになりて、持氏より御使を出され、, まよひ、資財雜具を持はこふ、其中に盜賊ありて、或は財寶を搗をとし奪ひとり、逃て, 行を追つめて打ふせ切たをすもあり、或は女童をとらへて〓むくり、赤裸になされ辻小, て、奉行・頭人等町中を走りめくり、あせ水になりて觸けれとも、只さはきにとよめき, 連枝一族の御もとへいかにもひそかに申靜らるへき旨仰つかはされしに、いかなる事共, 路に立て泣さけふもあり、これはそもいか成事そ、何の目にみえて角は騒きけるそやと, 翌日これを聞は、禪秀ふかく持氏殿をうらみて、殿中にをしよせ、憤をりを散せむとす, るよし沙汰ありて、此騒動おこりにけり、上杉入道禪秀は、中〳〵思ひもよらさる事に, 或は連枝方にあつまり、又は前の管領の許、今の執事の家、思ひ〳〵に參りつとふ、町, 同七月の初、鎌倉中俄に騒動して、何とはしらす軍兵四方に馳違ひ、或は殿中に入來り、, 浮説に依て鎌倉騒動、, 應永二十二年七月是月, ○内閣文庫本, 四上, 應永二十二年七月是月, 二六二

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  • ○内閣文庫本
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