『大日本史料』 7編 26 応永23年雑載~同24年正月 p.505

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人の子といはれ、いか成うき目をみん事をおそれておなしく腹をそ切にける、滿隆・持, き切て臥たり、同嫡子伊豫守憲盛、生年廿九歳、次男五郎憲春つゝゐて自害しけれは、, 仲これを見給ひ、さしちかへて臥給へは、女房達・ひめ君なとはおく深く住給ひて、か, り、敵此一所に限るといはゝ、うちはらひ切拔ても落へし、今は諸國諸侍みなそむきて、, 何をか待へき、一方を打破りて落行候とも、向ふ所はみな御敵となり、御力を合すへき, ゝる事はいまた見なれぬうき目に、今の別れのかなしさおそろしき中に取あつめて、夢, は落失たり、頼み切たる岩松・倉賀野たに跡をも見せす成行候うへは、今は誰を頼みに, さらにはかりことの拙きにあらす、舞木・澁川等の者共はみな敵に屬し、曾我・中村等, らは、うらみはつゐに報すへし、敵はや亂れ來れり、禪秀御道しるへ申さんとて、腹か, は、禪秀申けるは、御運漸やくかたふき、滅亡の時すてに近きにあり、是天理の來る所、, 誰か落人をめくむ者有へき、爰にてさはやかに腹切て、うらみを泉下に報せんとの給へ, 鶴か岡の別當僧快尊、極樂寺の僧禪瑾、みな禪秀が末子なりけれは、出家なれとも謀反, 者はあるへからす、雜兵の手にかゝらんよりは、たゝ御自害有へし、死して物しる事あ, うつゝ共弁まへす、聲をかきりになきさけふ有さま、譬ていはんかたもなし、長尾兵庫, 應永二十四年正月十日, 五〇五

  • 應永二十四年正月十日

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  • 五〇五

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