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藥師寺か云らるは、我此合戰の始終を案するに、一定味方討負ぬと覺ゆる, め、此合戰今日に限るへろらし、麁忽の討死無盆なりと、堅く制して出さす, 國も是を見て、大將の討死爰なりと、鑓提て飛て出るを、同伯耆守強て押と, にかさみ、松田勢も討てかろれは、城兵大勢に取込られて、討るへく見へ〓, 其儘たほれ死にらり、内山其所を見すまし、上差をすろへて惣右衞門を射, を守り〓る、今日藥師寺次郎左衞門則能、額田十郎左衞門、片岡孫左衞門、枕, り、かく戰ひくらして、山名勢も松田勢も引取られは、福岡勢も兵を入て城, 衞門か射る矢、下山彈正か胸板に中り、矢先三寸計押付へ射出され々〓は、, 書たる矢にて、味方多く討れられは、此親秀を目ろけて射出しはるに、惣右, をならへて討死せしは、覺悟せし事にてそ有し、此比此三人陣屋に寄合て, れは、浦上三左衞門、息同與三父子、三百計の勢を以て助來る、大將紀三郎則, して、則國の侍山内彌五郎、下山彈正とて、手利の精兵のありくるに、さしつ, る、あやまたす射向の袖のはすれを箆深に射込めは、是も空しくなりに〓, め引詰、寄手を討させらる、松田ろ勢の中にも、松田惣右衞門親秀と矢印の, 六の頸を取る、其外我も〳〵戰て、何れ勝負も見へさりべるろ、山名勢次第, 藥師寺則, 能等ノ戰, 紀則國, 死, 文明十五年九月是月, 五九七
頭注
- 藥師寺則
- 能等ノ戰
- 紀則國
- 死
柱
- 文明十五年九月是月
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- 五九七
注記 (21)
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