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て、その正誤を頒ん事こ〓本意ならめとおもふのみ、, 其藝術に達し、其古實に熟せしろは、將軍常徳院殿, 即宗院こ藏る所乃もの也、又墓碑あり、大源本公と銘せり、夫豐州大人は佐, 政等是を傳寫せん事を願ひ、懇望深切なるそ感し、遂に許容せらるゝ事を, たりといへとも、いまた曾而拜見をゆるされさりき、爰に安永二年癸巳の, さられき、かく旧常房より高祖高當相傳へ、尊崇神祕して、常員、常政等同氏, 是はこれ吾先祖多賀豐後守中原朝臣高忠大人乃肖像にして、京都東福寺, 二月、常員、常政等〓に高當に乞奉り〓、始て拜見する事を得り、其後常員、常, め、今人又よく知る所也、去は正徳五年乙未、嫡〓常房公命を奉し上洛の時、, 々木京極家の股肱の臣也、主君寶性寺持清乃侍所別當たりし時、豐州大人, 公務のいとま、即宗院に詣し、墓碑及肖像を拜し、彼院主に乞ひ、肖像を傳寫, 陪臣なれ共、〓見の役に召加へられき、道の面目、世の美談、古記に芳名を留, 乃御所の犬追物に, は諸司代に補せられき、弓馬の道を小笠原家より受傳へ、彼家の高弟たり、, 于時安永六丁酉正月下旬多賀中原常政誌焉、, かの畫工かきあやまてるか、何れにも譯あるへき也、此上はかの元畫を見, 義尚, 公、, 像ヲ傳寫, 裔常房畫, 高忠ノ末, 宗院ニ墓, 常政等更, 東福寺即, 碑アリ, ニ轉寫ス, 文明十八年八月十七日, 九二五
割注
- 義尚
- 公、
頭注
- 像ヲ傳寫
- 裔常房畫
- 高忠ノ末
- 宗院ニ墓
- 常政等更
- 東福寺即
- 碑アリ
- ニ轉寫ス
柱
- 文明十八年八月十七日
ノンブル
- 九二五
注記 (28)
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