『大日本史料』 9編 2 永正6年10月-永正7年12月 p.160

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し、その朝日光へ相伴はんとて、壹ちのいそきのまに、, に綱房父筑後守綱重の館あり、一宿して念比のいたはり、筆にも盡しかた, じして、, へくもあらのりしにや、寺の坂もとまて所々よりいてくる、過分なりし〓, いふはかりなくて、發句と所望せしに、, 也、坂本の人家は數をわか其續きて、福地とみゆ、坂本より京、鎌倉の町有て, の多もとなれは也、綱重子むまこ類ひろく榮たる人なれは、それを賀し侍, る也、鹿沼より寺まては五十里の道、此ころの雨に、人馬の行かよひとをる, 所望はなかりしかとも、あまりにこゝろさし謝しかたきはかり也、黒髮山, 朝きりや室のやしまの夕けふり, 東路の室のやしまの秋の色は夫ともわかぬ夕烟哉, ゆふへのけふりけさの朝霧にやとおほえ侍るはかり也、猶あはれに壹へ, 人々のもあまた有し也、此八嶋より日光山へ各うちはれかぬまといふ所, あかた々みんく海髮山の秋の霜, 市の如し、こゝよりはゝらおりなる岩にもはたひて、よちのほれは、寺のを, 坂本, 滿願寺, 鹿沼, 永正六年是歳, 一六〇

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  • 坂本
  • 滿願寺
  • 鹿沼

  • 永正六年是歳

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  • 一六〇

注記 (20)

  • 987,655,59,1561し、その朝日光へ相伴はんとて、壹ちのいそきのまに、
  • 1101,655,63,2198に綱房父筑後守綱重の館あり、一宿して念比のいたはり、筆にも盡しかた
  • 1459,651,49,211じして、
  • 403,660,60,2194へくもあらのりしにや、寺の坂もとまて所々よりいてくる、過分なりし〓
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