『大日本史料』 9編 2 永正6年10月-永正7年12月 p.757

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しかは、城中乃兵二百餘騎木戸をひらきて打て出つゝ、短兵急に挫ひしか, 能を打たりける張本なり、いかにもして生捕、くひを切かけ、宿意を達さん, は、顯定入道父子乃旗本ひらきなひき、つ〓に打負て、妻有乃庄に引退そき、, 中遠近の諸侍、其身を隱しら手、妻子を引つれて、或は山ふりく分入、或は他, るゝといへとも、長尾同意の刑罸をつよくおこなはれ、其一族親類とも、所, んと、四角八方に懸立しかは、よせて怺えすして崩れ立、我先にと落行けれ, 黨をかたらひ、七百よ騎同意して、椎屋乃城に楯こもり、近隣を放火し、兵粮, かりけり、高梨攝津守も、上杉房能に恨むる事あ〓て、長尾六郎に一味し、房, 縁に付て恨み深くして、一人も參らさりけれは力及はす、手勢はかりを引, 國に逃行きるほとに、國郡さはき立て、上下手足を空になして、易き心もな, 卒して、同七年六月十二日、椎屋乃城に押寄、逆茂木を引のき責いらんとせ, をうはひ取て、壁を堅くし、壘を深くして、寄る敵を待かけたり、民部太輔顯, と、はからはれけれは、高梨いよ〳〵いきとをりて、國中にかくれ居たる餘, 定入道可諄、同子息五郎憲房、これを責ほろほさんとて、國中乃人數を招か, して、或は所帶を沒收して、郡内を追放し、或は捕へて首を刎らましりは、國, 景ニ屬シ, テ房能ヲ, ヲ恨ミ高, 椎屋ニ籠, 討ツ, 政盛房能, ヲ攻ム, 顯定椎屋, ル, 永正七年六月二十日, 七五七

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  • 景ニ屬シ
  • テ房能ヲ
  • ヲ恨ミ高
  • 椎屋ニ籠
  • 討ツ
  • 政盛房能
  • ヲ攻ム
  • 顯定椎屋

  • 永正七年六月二十日

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  • 七五七

注記 (26)

  • 478,621,69,2201しかは、城中乃兵二百餘騎木戸をひらきて打て出つゝ、短兵急に挫ひしか
  • 1405,628,71,2211能を打たりける張本なり、いかにもして生捕、くひを切かけ、宿意を達さん
  • 248,628,67,2213は、顯定入道父子乃旗本ひらきなひき、つ〓に打負て、妻有乃庄に引退そき、
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