『大日本史料』 9編 4 永正9年4月-永正10年12月 p.152

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細川右京大夫とのへ, んと望みをかくる輩、かなたこなたに與力して、色をたて、旗をなびかし、親, 子兄弟の慈孝をわすれ、門族朋友乃盟契を捨、口には忠義乃道を唱ふとい, 細川高國、攝津尼崎ニ赴キ、赤松義村ノ母, づまり難く、國々乃諸將たがひに峙たちおこりて、かれに與し、これを亡不, 公方政氏高基御父子乃中快からず、此比驥尾につき、鳳翼を攀て大功を立, し、軍兵別れ陣伍をつらふ、諸所に出合押向ふて、合戰更に止時なし、剩さへ, すべき、關東公方乃正統なりといへども、時運乃變〓に依て、亂世乃逆浪し, へども、心ぬ我執重欲乃貪を本とし、謀計策略して他乃眉睫をつまみ、侫〓, 奢侈にして人乃膽を搏む、これに依て諸將諸侍晝夜更に易き心なし、, 大内左京大夫とのへ, ト和ヲ議ス、尋デ、和議成ル, 閏四月十日, 赤松次郎事、於致忠節者、可許容候也、, 細川今朝下向攝州云々, 六月十八日、庚申、雨降、, 〔御内書案〕茲, 實隆公記〕, 四十, 細川, ○下, 氏, ○中, 略, 略, 六, 義尹内書, 永正九年六月十八日, 一五二

割注

  • 四十
  • 細川
  • ○下
  • ○中

頭注

  • 義尹内書

  • 永正九年六月十八日

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  • 一五二

注記 (29)

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