『大日本史料』 9編 9 永正16年正月-永正16年10月 p.219

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〔淡路草, 億説なれは信しかたし、猶尋ぬへし、, 安雄の説に、明應中、成相の社修營の棟札に、淡路守尚春とあると同人にて、八木屋, に永正四年、尚春卒と前に記したり、然るに今淡路守とあれは、尚春の子なとありて、, 形第六世細川成春の子、三好の亂妨を避て、此城に來住せしならんと云、安澄の説、, これを圍て攻たり、淡路守敗走して、澄元播州に退く、八月、澄元再ひ圍て城陷る、按る, 郡家中村の城主田村修理進村春の弟長助尚春、當城に在しと云、, 按に、尚春素姓詳ならす、安雄の説に、八木屋形の淡路守尚春ならんと言へるも、, 淡路守と稱したる歟、野史の傳説たしかならねは、徴とする事少なし、猶考ふへし、, ならん、, いつれか是, 一尚春願書の事, 一尚春の事, 其子淡路守第七世尚春、治國二十二年、永正四丁卯年〓月廿三日卒ス、法號桂堂以久文, 公ト云、, 〔淡州須本城并古城傳〕〓義中八木捕, 〓〓名來馬郷釜口村妙勝寺, ト同ジキヲ以テ略ス、, ○文書、妙勝寺文書, 詳ならす、, 下略, ○上, 此説出所, ○淡路, 〓〓名來馬郷釜口村妙勝寺, 姓不詳, 尚春ノ素, 法號, 永正十六年五月十一日, 二一九

割注

  • ト同ジキヲ以テ略ス、
  • ○文書、妙勝寺文書
  • 詳ならす、
  • 下略
  • ○上
  • 此説出所
  • ○淡路
  • 〓〓名來馬郷釜口村妙勝寺

頭注

  • 姓不詳
  • 尚春ノ素
  • 法號

  • 永正十六年五月十一日

ノンブル

  • 二一九

注記 (30)

  • 1519,614,77,259〔淡路草
  • 1195,750,65,934億説なれは信しかたし、猶尋ぬへし、
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