『大日本史料』 9編 9 永正16年正月-永正16年10月 p.352

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師あり、其善者を撰て是にしたかふ、其よからさる者をは、是をあらたむへし、, 〔續本朝通鑑〕, 陰を送らむよりはと也、人の善惡みな友によるといふこと也、三人行時かならすわか, らし、由斷多きこと也、人を召仕候共、萬事を人に計申付へきとおもはす、我と手つ, 八月壬戌朔、丙子、北條長氏入道宗瑞、卒於伊豆韮山城、, からして、樣體をしり、後にはさするもよきと心得へき也、, 一ゆふへには、臺所・中居の火の廻り我とみまはり、かたく申付、其外類火の用心をく, 未斷に有て、かならす惡事出來すへき也、, せになして、毎夜申付へし、女房は高きも賤も、さ樣の心持なく、家財・衣裳を取ち, 一文武弓馬の道は常なり、記すに及はす、文を左にし、武を右にするは古の法、兼て備, 一すきありて宿に歸らは、厩面よりうらへまはり、四壁垣ね犬のくゝり所をふさき拵さ, へすんは有へからす、, 一ゆふへは六ツ時に門をはたとたて、人の出入によりあけさすへし、さ樣になくしては、, すへし、下女つたなきものは、軒を拔て燒、當座の事をあかなひ、後の事をしらす、, 萬事かくのことく有へきと、深く心得へし、, 葬修善寺、氏, 永正十六年八月十五日, 綱而其身移韮山城、, 先是以小田原城讓氏, 後柏原天皇四, 百八十, 邸内ノ用, 文武道ノ, 奬勵, 門限, 火の用心, 心, 三五二

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  • 綱而其身移韮山城、
  • 先是以小田原城讓氏
  • 後柏原天皇四
  • 百八十

頭注

  • 邸内ノ用
  • 文武道ノ
  • 奬勵
  • 門限
  • 火の用心

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  • 三五二

注記 (28)

  • 1716,652,57,2019師あり、其善者を撰て是にしたかふ、其よからさる者をは、是をあらたむへし、
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