『大日本史料』 10編 1 永禄11年8月~同12年2月 p.763

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

レラ及び予を〓すことを命ぜんことを請ひし多くの證據あり、而して、我, 一五六九年六月一日, 甚だ富み恐るべき罪を犯す者あり、此寺院の人は、尊師の〓に知れるが如, り追放し、會堂を奪はんことを求めしが、之を實行し、我等都を出でし時、同, 等の所持せし免許状に依り、此事不可能なりしを以て、責めて我等を都よ, 與へ給ふ大なる攝理を讚美すべき他の一事を尊師に告ぐべし、日本の諸, 主は福音の教の最大なる敵にして排斥者なり、其寺院の中口チオと稱し, 宗派中、最も傲慢自尊にして放恣なるは、釋迦を尊信し、法華宗と稱し、其坊, 予は我等の主デウスが、現在に於ても、其裁判に依りて、惡人に惡事の報を, スよりバードレ・ベルシヨール・デ・フィゲイレドに贈りし書翰の一節, く、彈正殿、公方樣を〓したる時、之に千五百クルサドを贈り、ガスバル・ヴィ, に、ギナイを建築したり、即ち美麗なる別莊にして、自由に其惡事を行ひ、又, 附、都發、パードレ・ルイス・フロイ, 寺の坊主等悉く來集して、我等の追放を喜び、大に嘲笑せり、其後寺院の側, 〔日本耶蘇會年報〕(歐文材料第七號譯文), ○ふいげいれどハ、當時豐後府内ニ在, 月十七日ニ當ル、, リ、八月、大村ニ到リ、次デ口ノ津ニ移ル, ○永祿十二年五, 罪惡, 侶ノ傲慢, 本圀寺ノ, 法華宗僧, 永祿十二年正月五日, 七六三

割注

  • ○ふいげいれどハ、當時豐後府内ニ在
  • 月十七日ニ當ル、
  • リ、八月、大村ニ到リ、次デ口ノ津ニ移ル
  • ○永祿十二年五

頭注

  • 罪惡
  • 侶ノ傲慢
  • 本圀寺ノ
  • 法華宗僧

  • 永祿十二年正月五日

ノンブル

  • 七六三

注記 (25)

  • 776,676,71,2194レラ及び予を〓すことを命ぜんことを請ひし多くの證據あり、而して、我
  • 1828,825,55,602一五六九年六月一日
  • 1006,665,73,2207甚だ富み恐るべき罪を犯す者あり、此寺院の人は、尊師の〓に知れるが如
  • 549,670,70,2201り追放し、會堂を奪はんことを求めしが、之を實行し、我等都を出でし時、同
  • 662,663,71,2205等の所持せし免許状に依り、此事不可能なりしを以て、責めて我等を都よ
  • 1354,666,70,2213與へ給ふ大なる攝理を讚美すべき他の一事を尊師に告ぐべし、日本の諸
  • 1119,663,71,2219主は福音の教の最大なる敵にして排斥者なり、其寺院の中口チオと稱し
  • 1235,665,70,2215宗派中、最も傲慢自尊にして放恣なるは、釋迦を尊信し、法華宗と稱し、其坊
  • 1467,662,73,2213予は我等の主デウスが、現在に於ても、其裁判に依りて、惡人に惡事の報を
  • 1702,810,66,2076スよりバードレ・ベルシヨール・デ・フィゲイレドに贈りし書翰の一節
  • 893,670,70,2181く、彈正殿、公方樣を〓したる時、之に千五百クルサドを贈り、ガスバル・ヴィ
  • 316,662,72,2203に、ギナイを建築したり、即ち美麗なる別莊にして、自由に其惡事を行ひ、又
  • 1823,1965,57,908附、都發、パードレ・ルイス・フロイ
  • 434,666,69,2201寺の坊主等悉く來集して、我等の追放を喜び、大に嘲笑せり、其後寺院の側
  • 1921,619,96,1334〔日本耶蘇會年報〕(歐文材料第七號譯文)
  • 1620,798,48,1121○ふいげいれどハ、當時豐後府内ニ在
  • 1812,1448,40,487月十七日ニ當ル、
  • 1576,799,48,1126リ、八月、大村ニ到リ、次デ口ノ津ニ移ル
  • 1854,1449,44,479○永祿十二年五
  • 1011,308,38,84罪惡
  • 1242,312,41,166侶ノ傲慢
  • 1054,307,41,168本圀寺ノ
  • 1284,311,43,165法華宗僧
  • 228,728,45,386永祿十二年正月五日
  • 216,2455,43,124七六三

類似アイテム