『大日本史料』 10編 1 永禄11年8月~同12年2月 p.786

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國。河内よりうしろまきの人數の軍兵とも、ときのこゑをあはせ、をひうち, や、一番鑓をつくほとに、しかも上意の御前にて、扨本國寺の北の木戸をひ, つすへしと、かたく筈をとらる、其歌にいはく、おたのかつさは果報のもの, ては、彼邊にいくらとなく首塚有き, 出ては、追散すへし、いさゝらは我申ことくにをのをのし給へ、我小歌をひ, らかせ、筈のことくうたひ、四方八面一追散し給ひぬ、大軍のならひ、くつれ, とつ作りてうたふへし、われ音頭を取てうたひ候はゝ、みな付てうたはる, 三へんうたひすますとひとしく、其まゝ立あかり、大こゑをかけて、つきく, へし、小歌の間は、各一度におり居て膝をくみ、鑓を膝の上によこたへ持、歌, 立たる人數なれは、とつてかへす者もなく、外にひかへたる伊丹、鳥養、攝津, にて首をとられぬ、六條の六日くつれとは此事也、今はしらす、ちかき比ま, にうちけれは、死人かすをしらす、鞁打の高安なとも、責衆ノ中に交て、桂川, 〔附録〕, 〓風一雙繪鷹、贈給候、御懇慮之至候、以之旅宿令莊嚴候、猶黄門可有演説候, 〔本能寺文書〕〓山城, ○下略、信長、義昭ノ新第ヲ, 營造スルコトニカヽル、, 風ヲ信長, 本能寺屏, ニ贈ル, 日クヅレ, 六條ノ六, 信長ノ小, 歌, 永祿十二年正月十日, 七八六

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  • ○下略、信長、義昭ノ新第ヲ
  • 營造スルコトニカヽル、

頭注

  • 風ヲ信長
  • 本能寺屏
  • ニ贈ル
  • 日クヅレ
  • 六條ノ六
  • 信長ノ小

  • 永祿十二年正月十日

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  • 七八六

注記 (26)

  • 845,657,66,2209國。河内よりうしろまきの人數の軍兵とも、ときのこゑをあはせ、をひうち
  • 1195,656,65,2209や、一番鑓をつくほとに、しかも上意の御前にて、扨本國寺の北の木戸をひ
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