『大日本史料』 10編 1 永禄11年8月~同12年2月 p.887

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

の大備を、立ら〓す事ならすして、馬場美濃八十騎、雜兵共に四百はかりに, にて、御旗本よりむかその衆を御越候て被仰付候故、大炊助衆足なみはや, められ退事ならす、かくて跡部衆うたる〓く見る故、馬場美濃守に被仰付, 敵を請取候はゝ、跡部大炊助には足なみはやくのけと被仰付候へと有儀, 筋違に懸を見く、北條家松田衆悉くつれ候、追懸小田原松田衆二千五百許, や乃者參りく、理を可仕候と申て、内藤不參候、馬場美濃申は、さらは某參り、, 處へ、馬場美濃今二手の内四十騎、雜兵共に二百許、弓鐵炮いたく打たく横, 成間鋪候と、馬場美濃守斟酌申候、信玄公内藤か馬場か兩人乃間に參れと, く引退、馬場美濃守百騎の備を三手に作り、三所にをお、四十騎許跡部大炊, 跡部大炊助劣かく働、北條家の松田に押たくられ、二町許にけ、其上くひと, 場衆雜兵ともに二百許ひた〳〵とおりしく、是を見て北條衆はかへたる, 候、跡部殿三百騎乃人數をもつそさへなり申さす候處に、某百騎許にて罷, 山田、眞田、小幡、原隼人、小山田備中、此人々乃弓矢功者にて働被仕ことくに, 被仰、内藤はあのことく敵にきほはせをくれ立たる所へ、馬場美濃乃外誰, 助大備ををひつきる松田衆にむかふ、松田衆小人數と存きほひかゝる、馬, 信春ノ奮, 信春信玄, 援ヲ命ズ, ノ命ヲ辭, 信玄馬場, 信舂ニ赴, 戰, ス, 永祿十二年正月二十六日, 八八七

頭注

  • 信春ノ奮
  • 信春信玄
  • 援ヲ命ズ
  • ノ命ヲ辭
  • 信玄馬場
  • 信舂ニ赴

  • 永祿十二年正月二十六日

ノンブル

  • 八八七

注記 (25)

  • 291,686,62,2182の大備を、立ら〓す事ならすして、馬場美濃八十騎、雜兵共に四百はかりに
  • 987,683,62,2199にて、御旗本よりむかその衆を御越候て被仰付候故、大炊助衆足なみはや
  • 1687,675,63,2207められ退事ならす、かくて跡部衆うたる〓く見る故、馬場美濃守に被仰付
  • 1110,678,61,2202敵を請取候はゝ、跡部大炊助には足なみはやくのけと被仰付候へと有儀
  • 409,679,61,2201筋違に懸を見く、北條家松田衆悉くつれ候、追懸小田原松田衆二千五百許
  • 1223,680,60,2216や乃者參りく、理を可仕候と申て、内藤不參候、馬場美濃申は、さらは某參り、
  • 524,680,60,2201處へ、馬場美濃今二手の内四十騎、雜兵共に二百許、弓鐵炮いたく打たく横
  • 1456,675,62,2202成間鋪候と、馬場美濃守斟酌申候、信玄公内藤か馬場か兩人乃間に參れと
  • 874,679,62,2205く引退、馬場美濃守百騎の備を三手に作り、三所にをお、四十騎許跡部大炊
  • 1807,670,65,2208跡部大炊助劣かく働、北條家の松田に押たくられ、二町許にけ、其上くひと
  • 639,679,60,2197場衆雜兵ともに二百許ひた〳〵とおりしく、是を見て北條衆はかへたる
  • 1569,672,65,2208候、跡部殿三百騎乃人數をもつそさへなり申さす候處に、某百騎許にて罷
  • 1924,674,62,2192山田、眞田、小幡、原隼人、小山田備中、此人々乃弓矢功者にて働被仕ことくに
  • 1343,676,60,2207被仰、内藤はあのことく敵にきほはせをくれ立たる所へ、馬場美濃乃外誰
  • 761,678,60,2202助大備ををひつきる松田衆にむかふ、松田衆小人數と存きほひかゝる、馬
  • 890,319,42,169信春ノ奮
  • 1498,316,42,164信春信玄
  • 1643,314,42,166援ヲ命ズ
  • 1455,322,40,164ノ命ヲ辭
  • 1732,312,40,174信玄馬場
  • 1686,312,42,171信舂ニ赴
  • 847,319,39,38
  • 1414,322,35,28
  • 195,752,45,470永祿十二年正月二十六日
  • 200,2472,44,125八八七

類似アイテム