『大日本史料』 10編 3 永禄12年7月~元亀元年正月 p.930

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くなたやうに工夫仕候へと、馬場美濃守に被仰付候、美濃守、委細畏たる, 水乃屋敷構を攻取籠居たる時、我方より攻ほすに、味方さのみむほかし, くより、藤枝、とくの、いつしきあけてのく、是は堅固の地なりとて、馬場美, 郎兵衞を召つれらなへきと乃御遠慮なり、仍如件、, 一此御陣中に、甲州、信別の信玄公本參衆より、歌をよみ、板に書付立る、, 構、馬場美濃守繩はり也、信玄公馬場に被仰付、關東梶原海賊あかりて、清, 濃守に被仰付、馬たしをとらせ、田中の城と名付、暫番手持也、駿州江尻の, 玄公御扶持被成、伊丹大隅守と申て、駿河船大將に被仰付候なり、花澤落, 城も、馬場美濃守繩はり仕、城代には山縣三郎兵衞を指置被成候、信玄公, 川殿御同朋伊丹つあみ、花澤くるわを一請取、しかもよくもち候とて、信, 二月中旬迄田中に御逗留有、江尻御普請駿河先方衆仕る、清水にも屋鋪, と申候て、其〓くいたす、山本勘介流城取の極位也、扨又清水〓關東梶原, 海賊の御用心は、武藏、東上野、新田、足利筋取々へ御働に、江尻城代山縣三, 無理の介道理の助に名はなれや無理なる〓をする身てもなし, 是は花澤にをひく、初鹿傳右衞門、諏訪越中守に、名和無理介こされたる, 元龜元年正月四日, 田中城江, 權阿彌ヲ, ナス, 大隅守ト, 尻城ヲ築, 信玄伊丹, ク, 九三〇

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  • 田中城江
  • 權阿彌ヲ
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  • 大隅守ト
  • 尻城ヲ築
  • 信玄伊丹

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  • 九三〇

注記 (24)

  • 879,709,60,2118くなたやうに工夫仕候へと、馬場美濃守に被仰付候、美濃守、委細畏たる
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