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青龍寺, れはなり、但し白山社を天神と稱したるもいかゝ、天神は元より別社に, 社傳記の趣に據れは、來迎寺は青龍寺の下にて、青龍寺は白山の社僧な, 而、金澤江轉地也、眞福院〓改號云々、, 惣號シ、往古は塔中に坊數ケ寺有之處斷絶、來迎寺其一ケ寺也、中興大檀, 迎寺の鎭守社なるか、若くは穴水白山社をいへるならんか、右穴水白山, 代々守護ス、依之長家代々崇敬、諸堂客殿等修造、寺領田畑等寄附有之、, 那長谷部信連、爲菩提寺再建、建保三年、信連入道之肖像ヲ境内ニ安置シ, 按に、前顯福嶋右京進連景か寄進状に載たる天神といふは、そのかみ來, 謙信亂入之節。社寺共悉兵火ニ罹リ、衆徒社人皆離散、中ニモ西正坊現住, 惠範ハ、長家代々之祈願所ニ付、連龍金澤之館江被引移頃、連龍之命ニ依, 寺ト云、右南北十六坊、白山之社僧ニテ、中古迄有之處、天正五年九月、越後, 一寺記云、當寺草創、嵯峨帝弘仁中、實範律師開基之地、山號勅定山、青龍寺〓, 一穴水白山社傳記云、往古穴水白山社僧多有之、北八坊ハ西正坊、東向坊、大, 祥寺、長法寺、法悦坊、明應寺、慶源寺、西向寺、南八坊ハ龍山寺、五知庵、洞光寺、, 淨明寺、觀音寺、十禪寺、妙堂坊、以上合十六坊、惣號本寺川嶋, 永嶽十二年三月八日, 今之來, 迎寺也, 由緒, 來迎寺ノ, 五三
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- 今之來
- 迎寺也
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- 由緒
- 來迎寺ノ
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- 五三
注記 (22)
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