『大日本史料』 10編 2 永禄12年3月~同年6月 p.52

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永祿十二年三月八日連景判, 兩日にかけ、奧平家傳記には五月にかく、今松平記によりてこゝに係く、又, 今川氏眞、此時懸川城を東照宮に渡しまいらせけれとも、伊豆國戸倉に赴, こる義、我等一たいの義、御きふんたのみ入申候、仍きしんしやう如件、, 能登福島連景、同國來迎寺天神社ニ詣シ、七十刈ノ地ヲ寄進ス、, 今松平記、奧平家傳記による、また此事武徳編年集成には、四月七日、八日の, 右北徴遺文載之、, くまくの間は、此城にとゝまり居しなるへし、猶五月廿六日條あはせ見る, へし、, 來迎寺は眞言宗の古刹にて、往古以來長氏の祈祷所なり、, わさと一筆申入候、仍宮參之御ふせに、天神え七十かりまいらせ候、あいの, 原書能登國鳳至郡穴水大町來迎寺所藏、, 永祿十二年三月八日, 〔加能越古文叢〕, 來迎寺參, 福嶋右京進, 三十, 四, 連景祈念, ヲ依頼ス, 永祿十二年三月八日, 五二

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  • 三十

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  • 連景祈念
  • ヲ依頼ス

  • 永祿十二年三月八日

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  • 五二

注記 (22)

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