『大日本史料』 11編 別巻2 p.7

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めなり、第三回目に出迎へたるは徐々に集ひ來りし身分高き人々のほかに、教皇の代官た, たり、更に四マイルを進むや、多數の貴人等、多くの儀仗兵、喇叭隊とともに來りて出迎, に、日本の公子等を騎乘せしめたり、諸人をして容易に彼等を觀ることを得せしめんがた, へ、市より供せられたる四頭の馬の、黄金の飾を施したるビロードの馬衣に美しく飾りし, なる饗應ありてのち、多數の人々その地の境まで彼等を見送りたり、かゝる款待と厚遇と, を隨へて、遠く八マイルの地點まで出迎へ、その領地の境界に到りたり、到著するや、各, ひ、希望を以てその來著を待受けゐたりしなり、凱旋門、その他類似の準備を設けて榮譽を, かくて一行到著の報に接するや、先づ二輛の馬車に乘りたる三人の使者が多數の騎馬の士, を受けしのち、引續き彼等はペルジアの市に於いて準備せられたる歡迎と榮譽とを受くる, 表明せんと圖りしが、耶蘇會の學院の長の勸告により、かくの如き出費を思ひ留まりたり、, き旅を爲したる信心の程を稱讚せり、次いで全市民の名に於いて適切なる歡迎の辭を述べ, 自彼等に對してラテン語の演述を行ひ、公子等がかくも貴き目的のために、かゝる艱難多, こととなりたり、同市に於いては、既にローマに人を派して熱心に一行の來らんことを請, が如くなりき、同樣のことはその後ペルジアその他の地に於いても起りたり、最後に盛大, 於ケル歡〓, ペるじあニ, 天正十年是歳, 七

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  • 於ケル歡〓
  • ペるじあニ

  • 天正十年是歳

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注記 (18)

  • 266,611,67,2298めなり、第三回目に出迎へたるは徐々に集ひ來りし身分高き人々のほかに、教皇の代官た
  • 617,603,72,2301たり、更に四マイルを進むや、多數の貴人等、多くの儀仗兵、喇叭隊とともに來りて出迎
  • 380,615,69,2293に、日本の公子等を騎乘せしめたり、諸人をして容易に彼等を觀ることを得せしめんがた
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  • 1313,601,69,2292ひ、希望を以てその來著を待受けゐたりしなり、凱旋門、その他類似の準備を設けて榮譽を
  • 1080,603,71,2298かくて一行到著の報に接するや、先づ二輛の馬車に乘りたる三人の使者が多數の騎馬の士
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  • 1781,596,67,2289が如くなりき、同樣のことはその後ペルジアその他の地に於いても起りたり、最後に盛大
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