『大日本史料』 12編 8 慶長十六年三月~同年十月 p.291

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

あり、後、村中に散在す、當寺其一なり、當寺は、寛保元年、大安上人, 鐙一具, ふを祀るは、昌幸を祀るとそ、社の後に大松あり、墓印の松といふ、されとも, いふ者持傳へしを、寄附すといふ、相傳ふ、鎭守社合祀の内に、地主權現とい, 我覺寺村の南、菩薩谷にあり、六坊の一なり、眞田安房守寄附の佛具あり、, ふに、穴口より此所まて、地中空隙なりしなるへし、里人き、此穴を眞田の穿, 枝葉甚盛にして、二百年以前の物と見ゆ, 地藏、石像古佛なり、什物、安房守の船幕一張, 葬る、寶筐印塔あり、, 村の南にあり、村中に寺六坊あり、古は皆村の南、菩薩谷に, あり、此二品、當村丹波屋又兵衞と, つ所にして、眞田淵まて七八町、地道を穿つなりといひて、眞田の抜穴とい, 衞門尉幸村居宅の地にて、土人眞田屋敷と呼ふ、慶長中、昌幸死して此地に, 菩薩谷より、此地に移して、伽藍所とす、此地は、眞田安房守昌幸并左, 善名稱院、, 側に幸村の像あり、本尊, ふ, ○九度山村長囘答書ニヨル二, 木質にて、鐵を以, 石碑ノ面ニ文字ナシト云フ、, て、皆眞田の作りしと思, り、紐は桃色と白, て端をつゝむ, 文錢と瓜の内唐花菱とを付た, 子にて、大徳, 當村風呂垣内といふ處に、古墳の跡あり、其側土崩れて、窟の口見ゆ、里人, の僧と, 當村岡氏の, は、眞田の穴と呼ひて、幸村の作りたるものと思へり、拔穴も此と同事に, 伽羅, との二色なり、, 淺黄色麻三幅、紋は赤色にて、六, ひて、名すけしならん, 陀山, いふ、, 善名稱院, 眞田屋敷, 眞田ノ拔, 穴, 墓印ノ松, 慶長十六年六月四日, 二九一

割注

  • ○九度山村長囘答書ニヨル二
  • 木質にて、鐵を以
  • 石碑ノ面ニ文字ナシト云フ、
  • て、皆眞田の作りしと思
  • り、紐は桃色と白
  • て端をつゝむ
  • 文錢と瓜の内唐花菱とを付た
  • 子にて、大徳
  • 當村風呂垣内といふ處に、古墳の跡あり、其側土崩れて、窟の口見ゆ、里人
  • の僧と
  • 當村岡氏の
  • は、眞田の穴と呼ひて、幸村の作りたるものと思へり、拔穴も此と同事に
  • 伽羅
  • との二色なり、
  • 淺黄色麻三幅、紋は赤色にて、六
  • ひて、名すけしならん
  • 陀山
  • いふ、

頭注

  • 善名稱院
  • 眞田屋敷
  • 眞田ノ拔
  • 墓印ノ松

  • 慶長十六年六月四日

ノンブル

  • 二九一

注記 (42)

  • 1310,621,63,1853あり、後、村中に散在す、當寺其一なり、當寺は、寛保元年、大安上人
  • 727,1124,57,200鐙一具
  • 495,626,62,2208ふを祀るは、昌幸を祀るとそ、社の後に大松あり、墓印の松といふ、されとも
  • 608,628,66,2202いふ者持傳へしを、寄附すといふ、相傳ふ、鎭守社合祀の内に、地主權現とい
  • 261,618,65,2234我覺寺村の南、菩薩谷にあり、六坊の一なり、眞田安房守寄附の佛具あり、
  • 1895,619,64,2214ふに、穴口より此所まて、地中空隙なりしなるへし、里人き、此穴を眞田の穿
  • 378,617,59,1220枝葉甚盛にして、二百年以前の物と見ゆ
  • 842,616,61,1283地藏、石像古佛なり、什物、安房守の船幕一張
  • 956,614,66,587葬る、寶筐印塔あり、
  • 1429,1123,67,1708村の南にあり、村中に寺六坊あり、古は皆村の南、菩薩谷に
  • 733,1848,58,987あり、此二品、當村丹波屋又兵衞と
  • 1781,623,63,2208つ所にして、眞田淵まて七八町、地道を穿つなりといひて、眞田の抜穴とい
  • 1074,610,68,2223衞門尉幸村居宅の地にて、土人眞田屋敷と呼ふ、慶長中、昌幸死して此地に
  • 1194,829,65,2007菩薩谷より、此地に移して、伽藍所とす、此地は、眞田安房守昌幸并左
  • 1427,612,56,283善名稱院、
  • 966,2130,62,705側に幸村の像あり、本尊
  • 1662,619,49,49
  • 990,1210,45,893○九度山村長囘答書ニヨル二
  • 757,1342,42,476木質にて、鐵を以
  • 947,1205,45,851石碑ノ面ニ文字ナシト云フ、
  • 1574,628,43,679て、皆眞田の作りしと思
  • 755,625,41,484り、紐は桃色と白
  • 715,1345,40,407て端をつゝむ
  • 832,1920,47,903文錢と瓜の内唐花菱とを付た
  • 1306,2501,44,328子にて、大徳
  • 1692,679,52,2146當村風呂垣内といふ處に、古墳の跡あり、其側土崩れて、窟の口見ゆ、里人
  • 1220,624,44,180の僧と
  • 1350,2496,41,329當村岡氏の
  • 1647,686,50,2134は、眞田の穴と呼ひて、幸村の作りたるものと思へり、拔穴も此と同事に
  • 1455,911,42,116伽羅
  • 711,625,39,411との二色なり、
  • 877,1917,48,907淺黄色麻三幅、紋は赤色にて、六
  • 1531,628,40,617ひて、名すけしならん
  • 1414,912,38,117陀山
  • 1180,632,38,136いふ、
  • 1434,248,41,172善名稱院
  • 1084,248,41,174眞田屋敷
  • 1803,246,44,171眞田ノ拔
  • 1760,247,39,42
  • 498,250,45,173墓印ノ松
  • 158,689,45,384慶長十六年六月四日
  • 166,2425,40,104二九一

類似アイテム