『大日本史料』 1編 9 天暦元年 6月~7年7月 p.83

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大同小異なるも、亦時代の違ぬる事も、よその故事を取て書傳へしも、さま, 忌火の供物、御酒等を備ふるなり、山の八分に洞穴あり、甚深して底見へず、, 見るに、かつて寸餘の蜈〓だにも見ず、三上故老にしれる人ありて、此事を, へ入に、夜々湖上を歴て、勢多橋下の大蛇をくるしむ、大蛇藤太秀郷をたの, 藤原秀郷從四位下武藏守鎭守府將軍、延喜十八年十月廿, 事とは傳へす、蒲生家傳に時代を記し、白蛇を斬と書せし、凡そ往昔の傳記, 三上山歌枕、三神山に作る、俗呼て近江の, の地藏あり、土俗是を龍王といふ、毎年五月十八日龍王祭とて、行合村より, を蜈〓山と云、今尺餘の蜈〓多しと云、臣此地に來て窺ひ、亦やまにのぼり, む、秀郷橋上より立て、蜈〓の來るを窺ひ、矢を發して中、〓〓死す、故に此山, 富士と云、, 依て、三上山の蜈〓を射たりしといふ事は古き物語なり、されといつれの, 土俗是を〓〓穴と云、是往古此山を七卷半纒ふ大〓〓ありて、首を此洞穴, 問に、かつて無と云、, 一日、斬白蛇、龍神與十種珍寶云々と、蒲生系圖に見えたり、秀郷水府の請に, 此山其高さ、大略麓より頂上まで山路六丁あり、頂上に石佛, 〔鹽尻〕, 〔近江國輿地志略〕, 野洲郡一, 二十, ○中, 六十六, 略, 六, 説評, 〓〓穴, 天野信景, 三上山ノ, ノ〓蚣傳, 天暦元年閏七月二十四日, 八三

割注

  • 野洲郡一
  • 二十
  • ○中
  • 六十六

頭注

  • 説評
  • 〓〓穴
  • 天野信景
  • 三上山ノ
  • ノ〓蚣傳

  • 天暦元年閏七月二十四日

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  • 八三

注記 (31)

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