『大日本史料』 10編 2 永禄12年3月~同年6月 p.219

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殿に入り、武士六百人以上を外に留めたり、, せりと信じ、其宏大なるを示し、歡樂を盡さんと欲して、美濃の人の所謂地, 殿に赴かんとせし時、予は右二人の大身と共に之に出會せり。彼は立留り, りしを説き、然る後、右二人の大身と、公方樣の武士三人及び名をタチノべ, 非常に裕にして、何事に於ても他の王彼に勝ることなく、彼は諸人に超越, ポルトガル及び印度より日本に來るまで、今日まで見たる宮殿家屋中、此, て、予が來るを大に喜ぶと言ひ、又此の如く遠隔の地に來訪する必要なか, 共に、我等を都より追放せんことを願ひたれども、今日は何等現世に勢力, 予は良き建築師たるか、又好く事を記述する術を知らんことを欲す、予が, 言す、信長は來世なく、又觀るべき物の外存せざることを主張し、又其富は, と言ひ、音樂を聞き終りて、外に出でたり、而して同處に築造せし新規の宮, の如く精巧美麗清淨なるものなきことは、少しも疑ふことなく、尊師に確, を有せざる人竝に都の音樂家二三人を呼び、只右八人又は十人と共に宮, チサミといふ法華宗徒にして、デウスの教の最大の敵たり、曩に彈正殿と, 國人なるが故に、予は之に同情し、之を庇護す、都より追放せしむべからず, 結構, 岐阜城ノ, 地上ノ天, ふろいす, 長ニ〓ス, 國, 途ニテ信, 永祿十二年四月八日, 二一九

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  • 結構
  • 岐阜城ノ
  • 地上ノ天
  • ふろいす
  • 長ニ〓ス
  • 途ニテ信

  • 永祿十二年四月八日

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  • 二一九

注記 (24)

  • 1023,677,56,1284殿に入り、武士六百人以上を外に留めたり、
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