『大日本史料』 10編 2 永禄12年3月~同年6月 p.261

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しくパードレを訪れて、之を都に連れ〓すべしと命ぜり、, 獻をなしたるものあらず、, せらる、而して信長に對しても亦腹心の臣なり、且又此後の經驗の示す所, に依れば、日本に於ける他の如何なる君侯といへども、彼の如く大なる厚, 情と誠意とを以て、神の法及びパードレ等を擁護し、之に關して多大の貢, ことを〓望せり、こは坊主等にとりては、固より大なる苦痛なり、蓋しパー, 和田殿は公方樣の信任を受くること頗る厚き爲めに、諸人より甚だ尊敬, めらるゝが故なり、マリアの受胎告知祭の祝祭の後三月, 望ある武士なりき、彼はバードレの歸還を、堂々たる形を以て成し遂げん, タリオ高山殿は、前章に於て、其改宗のことを述べたる如く、高貴にして名, 都一圓に弘まりしと同じく、今や其歸還は、公然萬人に向つて告げ知らし, ドレをして、堂々として歸還せしむるは、嘗て彼の追放の報知が、瞬く間に, を遣して、パードレの家の人々を迎へしめ、パードレに向ひて、都よりの命, 二十六日土曜日に、ダリオは、徒歩と騎馬との兵士及び乘馬, て彼は怠惰ならざる君侯なりしを以て、數日ならずして、ダリオに命じ、親, 原註、原文には誤, marcoなるべし、, つてmaioとあれ, ども、正しくは, いすノ入, 京ヲ促ス, 惟政ふろ, 永祿十二年四月八日, 二六一

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  • 原註、原文には誤
  • marcoなるべし、
  • つてmaioとあれ
  • ども、正しくは

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  • いすノ入
  • 京ヲ促ス
  • 惟政ふろ

  • 永祿十二年四月八日

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  • 二六一

注記 (24)

  • 1817,703,73,1710しくパードレを訪れて、之を都に連れ〓すべしと命ぜり、
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