『大日本史料』 10編 7 元亀2年10月~同年雑載 p.343

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が任務に就きたる後、我等の主は、事業が主のものなることを示し、多數の, レの説教を聞く時なかりしかども、彼等は能く事物の理を解するが故に、, 設備の不十分なりしを見て、不滿を感ぜり、予が日本に入りし時、キリシタ, ン五百人と會堂二箇所とありしが、神の加護に依り、彼のパードレ及び予, 人を最も神聖なる教に歸依せしめ給へり、此度同處を去りたる時、即ち紀, 度に歸りたり、予は以前より居りしパードレと共に、此國に留りしが、此パ, 著せし時、彼のパードレは、病を患ひ、此異教徒に、救濟の道を知らしむべき, せしが、此パードレは、日本に六箇月間滯在せし後、正當なる理由ありて、印, ざりき、パードレは、其町より、豐後と稱する國に來りしが、同地には、貧窮に, ードレは、我等の印度より到著せし時に、三年間滯在せしキリシタン約四, 由なる爲め、デウスの事を説明する者なく、又戰爭の爲め、留りたるパード, 禮を受けたり、其後六年を經て、印度より他のパードレ、予を同伴して渡來, パードレの所説を聽聞して、之を道理に合へりと考へ、名もなき者數人洗, して、さして有名ならざるキリシタン約三十人ありき、我等の印度より到, 百人を有する町より追はれたり、彼等は未だ弱く、其多數は、信仰堅固なら, 追ハル, とるれす, 山口ヨリ, ノ來朝, 豐後ニ至, ぬにえす, びれらノ, 到著, ル, 元龜二年是歳, 三四三

頭注

  • 追ハル
  • とるれす
  • 山口ヨリ
  • ノ來朝
  • 豐後ニ至
  • ぬにえす
  • びれらノ
  • 到著

  • 元龜二年是歳

ノンブル

  • 三四三

注記 (26)

  • 376,657,63,2184が任務に就きたる後、我等の主は、事業が主のものなることを示し、多數の
  • 1772,667,60,2194レの説教を聞く時なかりしかども、彼等は能く事物の理を解するが故に、
  • 608,653,61,2190設備の不十分なりしを見て、不滿を感ぜり、予が日本に入りし時、キリシタ
  • 494,661,60,2186ン五百人と會堂二箇所とありしが、神の加護に依り、彼のパードレ及び予
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