『大日本史料』 10編 2 永禄12年3月~同年6月 p.355

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たる物そと、さゝやかせ給ひしと也、, 上京に城郭をきつき、公方にそ, るとなり、何時も人の氣は、いさむといさまぬとに替る事也、此人の御こゑ, 外にて、盜人にうしろの紐をきられし事を覺へたりと語れり、其頃はぬす, は大きに有し、御馬揃の時、丸か見物せし三條衣棚にて、なにとて先はつか, いを取て、たゝ一こゑえいやこゑを出し給ひけれは、鳥の飛かことく行け, 申き、新城の出きし正月に、御門のからゐしきに、われたる蛤貝を九つなら, れは公方の御心のうつけて、くかいかけたるといふ事を、京童か笑ひてし, へて行ぬそとの給し御こゑ、東西南北四五町ほとつゝきこえしと人みな, へ置たり、いかなる心そとしる人なかりしに、信長公さとき御智惠にて、こ, なへ置給き、其御普請の時、大石の數百人しも引かぬる有けるを、信長公さ, きと云し、そのすりと云か〓し、, 人ひとのかたなかうかひ小刀なとをぬき取事をしたり、此上に盜人をぬ, 三齋は老人に二歳長し、六歳はかりにて、猩々を一番舞れし、其時歸りに門, 〔日本耶蘇會年報〕(歐文材料第六號譯文), 〔戴恩記〕, カヽル、正月五日ノ條二收ム, -〇上略、本圀寺合戰ノコトニ, ○下, 略, 二條新第, 信長ノ音, 門前ノ諷, 刺, ヌキ, 猩々ヲ舞, 細川忠興, 聲, フ, 永祿十二年四月十四日, 三五五

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  • カヽル、正月五日ノ條二收ム
  • -〇上略、本圀寺合戰ノコトニ
  • ○下

頭注

  • 二條新第
  • 信長ノ音
  • 門前ノ諷
  • ヌキ
  • 猩々ヲ舞
  • 細川忠興

  • 永祿十二年四月十四日

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  • 三五五

注記 (31)

  • 402,691,58,1066たる物そと、さゝやかせ給ひしと也、
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