『大日本史料』 10編 6 元亀2年3月~同年9月 p.801

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は、恰も彼自身に對して爲したるものゝ如く感謝するところなるが故に、, せんことを勸めたり、, 住院に訪問し、余を庇護せんと決意せる事を堺の住民に知らしめんとす, る旨をダリヨに告げ、同所滯在の短時日の間に、町内に容るゝこと能はざ, 約したり、和田殿は之を以て滿足せず、堺の住民は甚だ傲慢なるに、パード, を取らしめたる後、夜の十時乃至十一時頃なりしにも拘らず、大身等の爲, めに説教せんことをロレンソに請ひたり、其爲めに時を費して、夜半に及, たるを聞き、之を我住院に招きて物を贈り、レウケイの余に寄せたる好意, レ都より追放せられしを以て、キリシタン等落膽せるが故に、彼自ら余を, びしが、彼はロレンソの説きたる道理を稱讃し、諸人に對し、余に好意を寄, 翌日和田殿の好意に依り、堺に滯在中なる信長軍の主將一同を訪問せし, が、彼等は、皆和田殿の爲めに、大に余を款待し、力の及ぶ限り援助せん事を, なりしが、座を立ちて余を席に著かしめ、自ら家臣の間に坐し、先づ余に盃, る多くの人數を率ゐて、二囘住院に來り、又堺の重立ちたるキリシタンフ, ィビヤレウケイが、我等の都追放以來、堺に於て、我等に多大の好意を寄せ, 日比谷了, トヲ堺ノ, 護スルコ, 市民ニ知, ふろいす, 堺ニテ信, 長ノ諸將, ラシメン, 惟政ふろ, いすヲ庇, ト會見ス, 慶, トス, 元龜二年八月二十八日, 八〇一

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  • 日比谷了
  • トヲ堺ノ
  • 護スルコ
  • 市民ニ知
  • ふろいす
  • 堺ニテ信
  • 長ノ諸將
  • ラシメン
  • 惟政ふろ
  • いすヲ庇
  • ト會見ス
  • トス

  • 元龜二年八月二十八日

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  • 八〇一

注記 (30)

  • 300,633,66,2203は、恰も彼自身に對して爲したるものゝ如く感謝するところなるが故に、
  • 1466,633,55,640せんことを勸めたり、
  • 880,631,63,2190住院に訪問し、余を庇護せんと決意せる事を堺の住民に知らしめんとす
  • 763,635,66,2188る旨をダリヨに告げ、同所滯在の短時日の間に、町内に容るゝこと能はざ
  • 1112,630,62,2187約したり、和田殿は之を以て滿足せず、堺の住民は甚だ傲慢なるに、パード
  • 1809,635,63,2189を取らしめたる後、夜の十時乃至十一時頃なりしにも拘らず、大身等の爲
  • 1695,636,61,2189めに説教せんことをロレンソに請ひたり、其爲めに時を費して、夜半に及
  • 416,630,63,2194たるを聞き、之を我住院に招きて物を贈り、レウケイの余に寄せたる好意
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  • 1578,639,61,2183びしが、彼はロレンソの説きたる道理を稱讃し、諸人に對し、余に好意を寄
  • 1345,631,61,2193翌日和田殿の好意に依り、堺に滯在中なる信長軍の主將一同を訪問せし
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