『大日本史料』 10編 7 元亀2年10月~同年雑載 p.328

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死の症とそ申ける、爰に紀州熊野の商人庄右衞門といふもの、種崎といふ, れ候へと急使有て、枋木山に津野、佐竹を押へに置て、歸陳なりと、, 一人も見へす、こはいりにと後に聞ケは、元親大切の病氣にて、親定を來ら, るといふ藥師不殘參り集り、療治針治等手を盡しけれとも、更に驗なし、必, なく候、御免被成候へと達て斷を申、玄意申けるは、殿は十死一生とは申か, 處に居たり、鯨にて食傷したる人に、能キ藥を持たると聞へけれは、其者よ, へねとも、村岡玄意出合挨拶して、元親の病体を語り、藥を進め候へといへ, へとて、早使たち、早速岡豐へ參りける、年比四十計にて肥ふとり、丸くけの, 同年正月廿日、具足祝有り、元親鯨の吸物を參り、食傷以の外にて、半時計は, 十三人、夜明敵寄さ來らは討死すへしとて、最後の酒宴して、數盃傾るうち, 帶を前結にして、紙古道服を著くかゝまり居たり、何しるへきやうには見, は、庄右衞門申けるは、下々の鯨たゝりをは直し候へとも、御大身へは勿躰, 無性無言なり、一門の面々并家老衆周章斜ならす、匙を取蟲藥をも調合す, に、夜はほの〳〵と明にけり、今やよすると敵陳を見渡さは、夜中に引拂ひ、, 元親病氣、付妙藥之事, リ急ニ歸, 元親鯨ヲ, 親貞元親, ノ病ニ依, 食シテ病, 陣ス, ム, 元龜二年是歳, 三二八

頭注

  • リ急ニ歸
  • 元親鯨ヲ
  • 親貞元親
  • ノ病ニ依
  • 食シテ病
  • 陣ス

  • 元龜二年是歳

ノンブル

  • 三二八

注記 (24)

  • 898,655,67,2196死の症とそ申ける、爰に紀州熊野の商人庄右衞門といふもの、種崎といふ
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