『大日本史料』 11編 4 天正11年4月 p.433

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ける、菅一義にも及はす同意して、急き人數を指越給へ、須本の案内仕へし, か居城當國須本の城を攻取へしと、案し濟し、羽檄を飛して事の由を談し, 城へ押寄たり、城には思ひも寄す、是は〳〵と驚騷き、防く兵壹人もなく、我, を經る程に、肥前守當國の勢を催し、須本の城へ押寄、揉に捫て責たりける、, 伺ひける、淡州に菅何某とて勇智兼備の士有、彼を味方に引入、野口肥前守, ふ鳴渡の渡なれは、渡るへきやうなかりけり、親泰身悶すれ共叶はす、數日, 進しけれは、親泰大きに悦、追々人數を差向、其身も渡海せんと勢を揃、舟用, 素より案内は知りたり、前後より責入けれは、城中には續く味方はなし、終, 先にと逃行しかは、即時に城を乘捕、悦ひの鬨をそ擧にける、此由阿波へ注, 香宗我部安藝守親泰は、如何にもして他國を討取、忠功に備んと四方をそ, 意して既に打立ンとしけれとも、折節風烈浪荒る事日を經て止す、名にお, とそ申ける、親泰喜ひ、究竟の兵を勝立、淡州へさし遣す、菅某手を合、須本の, 仙石秀久ヲ破ルコト、本月二十一日ノ條ニ見ユ、, 土佐物語〕十三須本へ計策之事, 〔參考〕, 野口肥前, テ親泰鳴, 門ヲ渡ル, 海上荒レ, コト能ハ, 守, 天正十一年四月是月, 四三三

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  • 野口肥前
  • テ親泰鳴
  • 門ヲ渡ル
  • 海上荒レ
  • コト能ハ

  • 天正十一年四月是月

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  • 四三三

注記 (23)

  • 1176,614,75,2207ける、菅一義にも及はす同意して、急き人數を指越給へ、須本の案内仕へし
  • 1293,618,75,2204か居城當國須本の城を攻取へしと、案し濟し、羽檄を飛して事の由を談し
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  • 478,613,68,2203ふ鳴渡の渡なれは、渡るへきやうなかりけり、親泰身悶すれ共叶はす、數日
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