『大日本史料』 10編 8 元亀2年雑載~3年3月 p.219

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にや、其内必誤あらん、, にや、駿河ハ永祿中大友宗麟の爲に追放せらる、後の幕下將士條泊氏に注せるか如し、, 了榮軍功の士に賞を行ハる、其差有、有田因幡守・大田伊賀守には怡土郡庄内にて八町充、, て出向ひ、初より何方をも不助、旗色を窺ひ居たるが、進士兵衞敗北せしを見て、引離れ, 始百餘人降人に成て出にけり、則高祖へ注進しければ、了榮より駿河が領知の内三十町, 段を授く、駿河守ハ其一族田中傳右衞門に預らる、爰に駿河と記するハ中務少輔を誤る, を二男又五郎に與へ、其餘ハ小金丸に十町、牧園に六町、松隈に四町、吉村文三に二町二, て了榮が細石の陣に馳加る、了榮、小金丸種保に松隈將監・牧園黨を相副、泊駿河を攻べ, き由命しければ、直に押寄て戰ふに、城兵拒き得ずして泊駿河二男又五郎・三男賀兵衞を, 五町充、石井備後守に同郡櫻井村にて二十四町、國友六兵衞に同村七町、以上舊家記の載, 炊助に山北飯場各八町充、大神甚右衞門川原名五町、大鶴左助ハ井原庄五町、重冨小次郎, 友枝大和守ハ徳永村にて八町、平山市助ハ末永名内五町・井原庄一町、荻原長門守・笠大, 小金丸平馬丞保種・松隈將監・波多江左京進種連・田尻丹後守種常等ハ、臼杵が催促に依, にて十, ハ多久村四町、冨田橘平次ハ吉武名にて四町、木原・中原・清原に志摩郡小田村, 古名, 北崎, 元龜三年正月二十八日, 二一九

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  • 古名
  • 北崎

  • 元龜三年正月二十八日

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  • 二一九

注記 (19)

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