『大日本史料』 10編 9 元亀3年3月~同年7月 p.435

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過分々々と、御酒盃山城始て取もてなす、其羽翌立朝今道遠江家來永田仙兵衞三城參候處、, へしと敵に味方しての計事也、面長畄一打と朝長大学立上ルを、大村山城・今道遠江、, 面長畄、唯今敵之大将尾和谷軍兵衞元光を討取しと也、案内として參り候と申上ル、, ゟ、早々門をひらき御前に召連參、いかに面長畄、某、有馬方に身寄しか、打替てふし, ぬ〳〵と申けれは、面長尤とあんし付、三尺八寸太刀門内こ投入たり、貳人此躰見る, 純忠公此由聞召、むかし面長畄は勘氣之者なり、山城・遠江申けるは、敵之大将討取, 引も同前、態と有馬味方を致、病氣作て此度養生として嶋原入湯こ事寄、此表馳參見, 候處、尾和谷軍兵衞陣屋を立居ル處、有馬侍と僞り、御加勢申と願入れは、軍兵衞運, 盡たるか、味方こ付酒盃被下而、又返盃之時、身の隱し處を見すまし、直こ抜打に致, 先靜にと畄たり、山城・遠江兩人立て門口立出、いかに富永見くひりし、其手はなら, もわぬ大将を何とか申候と申上る、其時節に、裏門より聲を放て申けるは、以前富長, き也、御尤に奉存、某、先主樣ゟ不計勘氣被仰付し故、君に味方仕候得は、貴明ぬ弓, し、則もゝ壹方切落置候と申上、大将なけれは、軍勢も行方不知打うせたる、其方計略, 立石田原軍兵衞馬こ漸つり見付參候處、見かけの路田に馬共こ打付、さん〳〵にたゝ, ヲ傷ク, 純堯ノ將尾, 和谷軍兵衞, 永田仙兵衞, 富長面長留, 軍兵衞ヲ打, 元龜三年七月三十日, 四三五

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  • ヲ傷ク
  • 純堯ノ將尾
  • 和谷軍兵衞
  • 永田仙兵衞
  • 富長面長留
  • 軍兵衞ヲ打

  • 元龜三年七月三十日

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  • 四三五

注記 (22)

  • 414,676,68,2180過分々々と、御酒盃山城始て取もてなす、其羽翌立朝今道遠江家來永田仙兵衞三城參候處、
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