『大日本史料』 10編 11 元亀3年12月~同年是歳 p.122

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尾州ノ援兵佐久間信盛・瀧川一盆・平手等、濱松ニ至ル、, を數多打とられて、さこそ内も亂て有哉らんと存知つるに、かほどのまけ陣には、か樣に, て頸共をじつけんして、其儘陣どらせ給ふ所に、大久保七郎右衞門か申上けるは、か樣によ, は、信玄是を御らんして、さても〳〵かちてもこわき敵にて有り、是程にこゝわと云者共, はならさる處に、今夜の夜ごみはさても〳〵したり、末よき者共の有と見へたり、莵角に, わ〳〵としては、いよ〳〵敵方きおひ可申、然者しよてのてつほうを御あつめ被成給へ、, かちてもこわき敵成とて、そこを引のけ給ひて、いの谷へ入而、長しのへ出給ふ、, 廿二日、武田信玄兵四萬餘騎ヲ率シテ陣ヲ遠州味方ケ原ニ張ル、大神君尾州ノ援兵ヲ并テ, 我等が召つれて夜打を仕らんと申上ければ、尤と御状にて、しよてをあつめ申共、出る, 十二月、大、, 者もなし、やう〳〵しよてよりして、てつほうが二・三十てう計出るを、我手まへのてつ, ほうに相くわへて、百てう計召つれて、さいかかけゑゆきて、つるべて敵陣へ打こみけれ, 何れも此外に此とおり之衆數多候へ共、しるすに不及、然處に信玄はさいがかけに, 〔家忠日記増補〕四〓月、大、, 元龜三年十二月二十二日, 松平忠長, ニ作ル、, (元龜三年〕, 檢ヲナス, ストノ説, 河長篠ニ班, 信玄兵ヲ一, ニ於テ首實, 大久保忠世, 信玄犀ガ崕, ノ夜襲, 元龜三年十二月二十二日, 一二二

割注

  • 松平忠長
  • ニ作ル、
  • (元龜三年〕

頭注

  • 檢ヲナス
  • ストノ説
  • 河長篠ニ班
  • 信玄兵ヲ一
  • ニ於テ首實
  • 大久保忠世
  • 信玄犀ガ崕
  • ノ夜襲

  • 元龜三年十二月二十二日

ノンブル

  • 一二二

注記 (28)

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