『大日本史料』 10編 15 天正元年4月 p.274

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かまへ待奉るあひだ、御立より候へかしと、かさねかさね使僧なり、信玄公きこしめし、, く候由申さるゝ、信玄公御返事に、近日出陣にて候間、歸陣の時分は是非共見〓いたす, 花と承るにまいらぬは野なりとて、惠林寺へ立より給ふ、さて國師と一禮なされ、それ, 料紙をとって、則あそばしける、, べきとの事にて候、重而快川和尚仰こされけるは、兩袖の櫻漸にて、此花のもとに一所, に料紙・硯御座候、土屋平八郎をめして硯をよせ、すみをすり候へと被仰付、其後筆と, つもなり、或時八卦の本尊不動なりとて、惠林寺の奧上求寺の不動へ御參り候、二月末, 晴信公三十一歳にて發心有て信玄と號する事, 二處を本になされ、或は八卦を考させ、當卦の守本尊に參詣有て、其後出陣被成候事い, にてこそありつらめ、惠林寺の大通智勝國師より使僧をたて、惠林寺へ御立寄なさるべ, 智勝國師此歌をとりて御覽じありて、ほめ給ひ、いたゞき、其後短寮衆御覽しあり、諧, さそはすはくやしからましさくら花さねこん比は雪のふる寺源信玄, て各僧達拜見あり、盡則座にて和韻なさるゝ、ことなる儀故、各の和韻は書申さず候, さて又右兩和尚御異見のごとく、出陣前には易者に被仰付、蓍を三處にてとり、, ○中, 略, 惠林寺ノ櫻, ヲトス, ヲ詠ズル和, 出陣ノ可否, 歌, 天正元年四月十二日, 二七四

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  • ○中

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  • 惠林寺ノ櫻
  • ヲトス
  • ヲ詠ズル和
  • 出陣ノ可否

  • 天正元年四月十二日

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  • 二七四

注記 (23)

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