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ゝ也、信玄が信長・家康と武篇對々ならば、是ほどはやく命は縮ましけれ共、弓箭には, 報も久しく無之候、果報の過時分をまたすして盛に取あひを始、天道よりをしおとさる, ば、都へのぼり申べきものをと諸人の批判は大慶なり、就中弓箭之事、信長・家康果報, 勢盛には射ぬく者也、矢勢過時分には淺く立、矢勢過ては己とおつる、其ごとく人の果, を信勝に讓候へ、典廐・穴山兩人憑候間、四郎を屋形のごとく執してくれられ候へ、勝, に沈め候へ、信玄望は天下に旗をたつべきとの儀なれども、かやうに死する上は、結句, 頼がせがれ信勝當年七歳になるを、信玄ごとくに馳走候て、十六歳の時家督になをし候, にて家督初陣の時、尊師の旗計殘し、よの旗は何も出すべきなり、勝頼は如前大文字の, 天下へのぼり、仕置仕殘し、汎々なる時分に相果たるより、只今しゝて、信玄存命なら, へ、又それがし弔は無用にして、諏訪の海へ具足をきせて、今より三年目亥四月十二日, のつよき者共と取合を始候故、信玄一入はやく命縮と覺たり、其子細は縱をとるに、矢, 小旗にて、勝頼差物法花經の親をは典厩に讓候へ、諏訪法性の甲は勝頼著候て、其後是, た、將軍地藏の旗、八幡大菩薩の小旗、いづれも一切もたすべからす、太郎信勝十六歳, 其間は陣代を四郎勝頼と申付候、但武田の旗はもたする事無用也、まして我そんしのは, 家督ヲ續ガ, トシ勝頼ノ, 子信勝十六, 歳ニ達セバ, 諏訪湖ニ沈, ムベシ, 葬儀ハ無用, シム, ニシテ骸ハ, 勝頼ヲ陣代, 天正元年四月十二日, 三二七
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- 家督ヲ續ガ
- トシ勝頼ノ
- 子信勝十六
- 歳ニ達セバ
- 諏訪湖ニ沈
- ムベシ
- 葬儀ハ無用
- シム
- ニシテ骸ハ
- 勝頼ヲ陣代
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- 天正元年四月十二日
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- 三二七
注記 (26)
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