『大日本史料』 11編 6 天正12年3月 p.861

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なとひ計と申て、御旗はをしさじ行、ひきみを山際を進給ふゆへ、敵是をし, 々とみゆる時、信玄家の浪人御中間頭萩原監物進出申きるは、足輕は鑓か, 四五人にて附候得とも、主水か乘たる馬よく候よし、頓て是へ參り候〓し, 垣、鑓は士の垣、侍は旗か御旗は勝負なきものなれは御跡、御馬先は扇の小, 勢にて御懸り候はん事、無勿躰といふ、内藤も高木も大きに腹立し、いかに, 本御小性衆、甲州衆御供也、御旗本は筋助太夫奉行して出させけるか、敵近, 本多佐渡守正信、何とて各は無十方事を申や、あのきほふたる大軍に、此小, おゐては、御勝利無疑と申、主水は何としたるそと尋給へは、敵中へ入候所、, といふ、はや主水も組討し、首提て乘來り、御勝軍なり、はや御懸り候へと云、, はさる、内藤馳歸て、御先手の敗軍を敵追來候、此亂足御旗本を以御合戰に, 候得と宣へは、井伊兵部少輔しつ〳〵と押掛る、十人の御鐵炮頭、さて御旗, きそ、時刻うつりて敵も備を立申〓し、始秀次敗軍の勢集り候なん、急き御, 佐渡、其方は座鋪の上にて、出頭と算用こそ存候とも、ケ樣成武事は存まし, 懸りなされ候へと申所に、はや家康卿御團扇を取給ひ、御下知にて、かゝり, 注進有けれは、内藤四郎左衞門正成、高木主水佐清秀兩人御先へ物見に遣, 家康進撃, ヲ令ス, 本多正信, 萩原監物, 内藤正成, 高木清秀, 天正十二年四月九目, 八六一

頭注

  • 家康進撃
  • ヲ令ス
  • 本多正信
  • 萩原監物
  • 内藤正成
  • 高木清秀

  • 天正十二年四月九目

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  • 八六一

注記 (23)

  • 295,617,66,2200なとひ計と申て、御旗はをしさじ行、ひきみを山際を進給ふゆへ、敵是をし
  • 533,623,62,2194々とみゆる時、信玄家の浪人御中間頭萩原監物進出申きるは、足輕は鑓か
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  • 645,612,68,2209本御小性衆、甲州衆御供也、御旗本は筋助太夫奉行して出させけるか、敵近
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