『大日本史料』 12編 21 元和元年六月~同年閏六月 p.358

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寸はなるゝ事は、何たる武邊をしても、第一之ひけなるに、ましていわんや, 寺之方に、頓〓道ぐろに御馬をひかゑさせ給ひ〓御座被成候、御へんには, なし、其時御旗ぶぎやう之衆、御旗之あたりには一人もあらずして、はるか, 何れも有所をしりたる者は、一人もなたれ共、時のいせいによりて、我も存, 知たり、我も存知たるとは申せ共、かげにてハ有所存知たると申人一人も, 馬のりとては小栗忠左衞門寄外は一人もなくして、ちり〳〵に成けるが、, ぢおのゝかれける衆は、らうにやくをきらわずして、上樣之御あたりを一, 御目をかけられ〓人と成、しよ國之衆にもちいられ而、御かげを見人にお, 身之衆ハ、此時に候へば、手前をかせぐとても、御先へ出てもにあひたれ共, けるに、頓〓押付るに、天王寺之南にて、みかたにはかにくずれ〓來りたれ, る處に相國の御馬しるしの天王寺の方に御座候と見て、其方へ御旗を押, にげたる事やらん、又御さきへゆきたる事やらん、御前にはあらず、然共少, ば、其時御旗を立けるに、二人之旗ぶぎやう一人もいず、相國樣は道寄天王, 後來りた、ほ坂金右衞門が申けるは、大久保平助我等ハさきへゆかんと云, 申にればくるしからず、其儀ハ御心安可有と申處ニ、敵もはいぐんする、然, 旗奉行旗, 一離ル, 味方崩ル, 元和元年閏六月十七日, 三五八

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  • 旗奉行旗
  • 一離ル
  • 味方崩ル

  • 元和元年閏六月十七日

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  • 三五八

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