『大日本史料』 12編 21 元和元年六月~同年閏六月 p.356

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成大だかへ兩人かけあげて、御馬じるしの見ゑば、其方へ押給へといへば, うす山を左にして押上給へと云へ共、見ゝにも不入、然る處にちやうす山, 尤とて御旗をあとへ押返ふ、つかへ上〓見けれ共、御馬じるしは見へずと, なして、左樣に御旗おば押給ふぞ、御旗がまくれて見ぐるしきに、兎角ちや, 程にて御旗立ける處へ、彦左衞門かかけよせ〓、何とて敵ちかき所にて、御, 旗おばふらめき給ふぞ、ちやうす山を左にして押上給へと云たれば、ほさ, になして押上給へと云たれ共、返事もなき、良有〓、天王寺之方へは押ずし, て、東之方へ押ける處へ、又大久保彦左衞門かけ付な、何とて敵をうしろに, 云、其儀ならば阿部野々原を押上給へと云ば、天王寺を指〓押上けるに、中, 敵にはあらずやと云たれば、大久保彦左衞門云けるは、御身こそ〓たくら, 之が敵なればこそ、御旗をちゝせずして、左へ押上給へと云、相國之御旗が、, か金右衞門が申は、御身は〓たくらしき事をの給ふぞ、ちやテす山なるは、, 昔寄ついに左樣にふらめきて、敵に〓りたる事なし、たゞちやうす山を左, 敷旗おばたつれ、ちやうす山之を敵にてなきとはたれか云ぞ、ちやうす山, 之東にて、やう〳〵相國樣見付申、然る處に早天王寺口にて、てつほうのな, 行ヲ叱ス, 忠教旗奉, 忠教旗奉, 行ト爭フ, 元和元年閏六月十七日, 三五六

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  • 行ヲ叱ス
  • 忠教旗奉
  • 行ト爭フ

  • 元和元年閏六月十七日

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  • 三五六

注記 (21)

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