『大日本史料』 10編 18 天正元年9月~同年11月 p.54

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か、逍遙軒御敗軍をきゝ、一騎がけにもりへ懸付候へども、家康衆勝てかふとの緒, り田をして、打ちりてらん取をする處に、長しのゝ城をせめおとし給ひ而、引いらせ, をしめ、早々引取故、五日に山縣をはしめ、各武田勢甲州へ引いるゝ、信玄公御他, をもつてをし返し給ふ、山縣三郎兵衞は、家康持の小屋おとしに、數をつかはし候, かせられ給ひて、おく平九八郎に城を被下而、頓而御馬も入、然ける處に、是も後づ, 給ふ所に敵出候、此方彼方打ちりてほう火をし、らんぼうらうぜき、かり田をしると, めとして、竹田之梅説を遠江之國へ出し、森に陳之取、こゝかしこをほう火して、か, 同年ノ七月十九日に、城をうけとらせ給ひ、御ふしんを被成、ひやうらう米多こめお, 作左衞門・本田平八郎・榊原小平太三頭に、逍遙軒負給ふ、穴山殿・一條殿、二手, 扠又遠州もりと申所にて、逍遙軒御遠慮淺き故、家康家老の本田, 界故、武田の御備色かはる本はこれなり、, 〔甲陽軍鑑〕十九, 〔三河物語〕〓應久適文庫所藏, 〔參考〕, 一, 十日ノ條ニ收ム、, ○上略、本年八月一一, 信君ノ兵放, 火苅田ヲ爲, ス, 天正元年九月八日, 五四

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  • 十日ノ條ニ收ム、
  • ○上略、本年八月一一

頭注

  • 信君ノ兵放
  • 火苅田ヲ爲

  • 天正元年九月八日

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  • 五四

注記 (22)

  • 1199,740,62,2133か、逍遙軒御敗軍をきゝ、一騎がけにもりへ懸付候へども、家康衆勝てかふとの緒
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