『大日本史料』 10編 18 天正元年9月~同年11月 p.143

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兵内・矢田内匠助・中河主膳・野口和助・大和田右京之進・大貫藤三郎・高野求馬, 十月より、北條氏綱と成り、此辨才天の神徳に依て、五代の榮花廣大なり、氏政關, 須永刑部左衞門・横倉伊豆守・厚城九十九・米倉内記・多宮内記・田中多仲・松本, 八州に武威をふるひ、天正元年、下總國に出陣して、結城氏朝亦關宿の簗田中務大, の井ヱて討死す、此戰に阿部城兵衞太郎・川俣兵衞五郎・氏家伊賀守・同源之丞・, し、武運を願ひ深く祈り、其後伊豆國韮山の城にて、北條の跡を續く、長子戊申年, 夫を責討んとす、此結城・關宿共に、小山家より出し同家なれは、俊宗再長沼山城, 正元癸酉の年の頃は、小山家の威勢薄く、相州小田原に北條氏政と云ふもの有り、, 是は伊勢早雲といひしものなりしか、常に神祇を重く祭り、江の島の辨才天へ祈願, 守と名乘り、加勢の爲めに出陣す、軍功高く顯しけれとも、終に運盡て、下總國田, 正親町院天皇の御宇、足利將軍義照公落て右大臣平信長公大將軍とならせ給ふ、天, ありて嫡子宮内廣照・二男平右衞門俊勝、此人栃木城内を守護す、斯て皇統百七代, ノ事其嫡子山城守俊宗の室は、常州水谷豐前守の女なり、子息二人, 天正元年九月二十一日, 皆河家系之事, 蹟ノコトニカヽル、, ○上略、皆川成勝ノ事, 皆河家系之事, 天正元年九月二十一日, 一四一二

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  • ○上略、皆川成勝ノ事
  • 皆河家系之事

  • 天正元年九月二十一日

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  • 一四一二

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