『大日本史料』 10編 28 天正3年正月~3月 p.60

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る、運命の果なるらんと、人々句侍りけり、, 寺の會下に迫返し、きらびやかに葬送す、藝陳は成羽に越年し、日々士口午仁告來れは、, て好きさ城なれは、なじかは無躰に〓にせらるへき、寄千散々に追まくられ、士卒數多討, 舅の敵也、加之先父久智妙善菩寸廿戰に討果られしかは、彼と云是と二云、〓憤更に不淺と, 門尉〓式は、元親妹婿なりけるか、元親備前に遺恨を含も、亡父家親の爲なれは、正き, いへは、非可〓とて、扱に懸て、同十九日の夜半前に、備前の兒嶋へ流刑せらる、翌日, 死す、此由輝元聞て、不數山とはいへ共、軍書にも大軍は臭掌小敵、小軍ハ莫怖大敵と, ともなく、壹萬五千騎計り世〓手の城に押寄す、彼城主河西も〓親一族にて、元より固し, 廿日、美袋の城主民部水心秀も、河西と一所に兒嶋へとこそ聞へけれ、爰に石川源左衞, 酒宴遊興にて、正月十五日の節を送る、十六日の未明には、物陣を鬼ノ身表へ替へ、羽, 入道・世〓平・水内・箕腰山・鬼ノ身山下五里四方は、野も山も田畠水の上迄、尺寸の地, も不明取基て、明くれだ十七日、必ず本陳よりの下知にもあらざるに、多勢なれは誰魁, て、一門妻子を引つれ、上下一門三百人計りにて、高山を打捨て、此も松山城へ籠りけ, 山田鬼ノ身の城沒落之冊, 天正三年正月一日, 山田鬼ノ身の城沒落之冊, 六○

  • 天正三年正月一日
  • 山田鬼ノ身の城沒落之冊

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  • 六○

注記 (17)

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